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倒産の危機から100億円企業へ。村上農園の危機を脱する決断力とは?

イベント インタビュー パイオニア・コミュニティ 2020/5/18

1978年の設立以来、O-157騒動の風評被害による倒産危機を経て、ブロッコリースーパースプラウトなどの機能性野菜のトップメーカーに成長した村上農園。3月13日に開催したパイオニアセミナーでは、同社代表取締役社長の村上清貴氏をお招きし、ここ一番の危機を脱する底力や決断力についてお話を伺いました。

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって、さまざまなビジネスに影響が及んでいる今こそ、村上氏の経験が明日へのヒントになるかもしれません。当日の内容を抜粋してレポートします。

 

株式会社村上農園 代表取締役社長

村上清貴

1960年山口県生まれ。83年、広島大学総合科学部卒業後、株式会社リクルートに入社。法人営業を経験した後、株式会社リクルート映像に異動。営業課長、マーケティング企画課長を務める。93年に株式会社村上農園に入社。湯来農場長、取締役東日本統括部長を経て、2001年に常務取締役に就任。「ブロッコリー スーパースプラウト」や「マルチビタミンB12かいわれ」といった機能性野菜を開発し注目を集める。07年から現職。

 

 

|村上農園に入社前、リクルート時代に学んだこと

 

村上農園に入社する前は、株式会社リクルートに10年間勤務していた村上氏。企業の新卒採用支援部門や高速デジタル回線の営業担当、さらにグループ会社「リクルート映像」でのさまざまなチャレンジを通じ、「キャリアのすべてはリクルートで教わった」と振り返ります。

 

「誰もやってないことに挑戦して、それをかたちにする。当時のリクルートのビジネスモデルは強かった。それを村上農園でも実践しようとしています。リクルートでは、目標管理体制がしっかりあり、数値が“見える化”され、収益意識が末端まで浸透していました。上司に相談しに行くと、『お前はどうしたい?』と逆に質問されるような社風で、そこでいかに自分がよく考えていなかったかということを痛感したものです。自分の頭で考えることの重要性を学びました」

 

|社長就任から12年で売上高100億円企業に成長

 

村上農園の創業者と村上氏は親族。大学時代、創業者の自宅に間借りをしていたという縁もあり、1993年に村上農園に入社。養子縁組を経て2007年に二代目社長に就任しました。

 

村上農園は現在従業員約350人、売上は社長就任当時の30億円から107億円(2019年度)にこの10年ほどで急成長を遂げました。自社生産した野菜だけで100億円超える企業は国内にはほとんどないことからも、同社の勢いは明白です。今や全国2万店あるスーパーマーケットの中の、7〜8割の店舗には村上農園の商品が置かれ、主力商品のブロッコリースプラウトや豆苗は高いシェアを持っています。

 

 

|O-157騒動による倒産の危機と新事業へのチャンス

 

そもそも村上農園はカイワレ大根の生産を専業とする会社でしたが、1980年代半ば、ライバル企業の参入が相次ぎ、熾烈な価格競争によってカイワレ大根の価格が暴落しました。

 

創業者は、人手をかけない機械化や原料種子の直輸入を推進するなどして、徹底的にコストを抑えた薄利多売戦略を全国7カ所の生産施設で展開。村上農園は市場シェアの30%を超えるトップメーカーに成長します。

 

事業も安定し、93年に後継者として村上氏が入社。その3年後の1996年に起こったのが、大阪・堺での病原性大腸菌O-157による集団食中毒事件でした。カイワレ大根が原因食材であるという風評被害が発生し、スーパーの売場からカイワレ大根が撤去されてしまいます。

 

当時の村上農園ではカイワレ大根が売上のほとんどを占めていたため、存亡の危機に。マスコミに向けて、“安心・安全”を訴えることに努めた村上氏ですが、「やればやるほど逆効果だった」と当時を振り返ります。

 

ついにカイワレ大根の売上が4分の1に激減し、村上農園は大幅な赤字へ転落。この時の反省点について村上氏はこのように語ります。

 

「売上が7割落ちれば、どんな会社でも倒産に至るレベルです。当時、当社にはカイワレ大根しか商品がなかったうえに、営業力もありませんでした。競合他社は大手量販店に直接営業していましたが、当社は9割を青果市場に出荷するスタイル。売れなくなると市場の対応も一変してしまいました」

 

 

そこで、カイワレ大根の代わりの新商品として「豆苗」の生産に乗り出します。

 

全国に生産拠点があること、全国を網羅している物流の強みを生かし、生産施設の空いたスペースで豆苗を作ってピンチをチャンスに変えることに。村上氏は、起死回生のための新野菜の開発に全身全霊を注いだ当時を次のように振り返ります。

 

「新野菜の開発としてやれることから始めたのが、豆苗でした。量販店への直営業に取り組み、当初は実売で苦戦しましたが、社員総出で試食販売をするなどして、1998年以降はカイワレ大根の売上を超えて会社の再建に貢献するようになりました」

 

|ニッチな商品を市場にいかに根付かせるか?

 

 

しかし、豆苗だけでは黒字化に時間がかかる。そこで始めたのが、「委託生産野菜」でした。

 

「売れるかどうかよくわからない商品に設備投資する余裕はありません。そこで、当社が企画した野菜を農家に作ってもらい、村上農園のブランドとして販売する『委託生産野菜』を始めました。それは、当時としては珍しかったハーブ類やルッコラなどをはじめとするニッチな商品です。つまり自ら新たな商品を創造し、これまでになかったルートで売るという“創って、作って、売る”という『ひとり一気通貫体制』を築いたのです。」

 

村上氏はニッチな商品を開発するために、配達の合間にハーブの本を広げて勉強していたといいます。

 

「ハーブはおもに2種類系統があって、料理の飾りとして使われるものと、肉や魚のにおい消しになるもの。そこで、それぞれを“アクセントハーブ”、“スパイスハーブ”と名付けてセット販売をしてみました」

 

すると、たちまちトップメーカーの商品を駆逐。村上農園としてはあくまでサブラインの商品なのに、それを主力とする大手企業にとっては大きな脅威になったといいます。この開発劇に込めた思いについて、村上氏は語ります。

 

「とにかく『絶対的にいい!』と思われる商品を必死で開発した結果でした。商品開発は多数決でうまくいくなら楽ですが、開発者にそこまでの思い入れや覚悟がないと失敗するものです。自分で企画して作ったものだからこそ、自信を持って売れる。結果、商品開発に自信が持てたこと、量販店への新たなルートが確立できたことは大きな収穫となりました」

 

ハーブ類以外にも、生ウコンや和食のつまものセットなど、チャレンジングな商品開発を試みますが、うまくいかないものはさっさと止めることで、商品開発のノウハウが身についたという村上氏。

 

債務超過寸前、倒産寸前という局面を迎えながらも、委託生産野菜が救世主となり、わずか1年5カ月で会社は黒字化に成功します。

 

 

|時代を先読みし、日本初の機能性野菜「ブロッコリースプラウト」を開発

 

1999年、日本で初めて機能性野菜・ブロッコリースプラウトの商品化に乗り出します。きっかけは、ジョンズ・ホプキンス大学医学部の研究でブロッコリースプラウトにがんの予防効果があることが発表されたことでした。

 

村上氏はいち早く渡米して調査し、特許の独占ライセンス契約を結び、日本での商品化の準備をスタート。その際、無理な設備投資はせず、従来のノウハウを使ってカイワレ大根に似たタイプのブロッコリースプラウトから商品化しました。事の経緯について村上氏は説明します。

 

「当社のブロッコリースプラウトは、ジョンズ・ホプキンス大学のライセンスを正式取得した日本で唯一の公認商品。がん予防効果が期待できるスルフォラフォンが高濃度に含まれるという科学的なエビデンスをベースにした機能性野菜であることを全面に打ち出し勝負に出ました。2001年には人工光型植物工場でスルフォラファンの含有量をさらに高めたブロッコリースーパースプラウトの生産をスタートしています」

 

その発売当初、テレビの人気番組で「がん予防の最終兵器」と取り上げられ、マスコミでも大きな話題となったブロッコリースーパースプラウト。近年ようやく、人工光型植物工場を取り入れたスタートアップ企業が世界的に増えてきたことを考えても、村上氏に先見の明があったことが伺えます。

 

|村上農園流「商品開発」ノウハウとは?

 

村上氏はこれまでの経験から、商品開発のポイントについて言及しました。ポイントは、いかに価格に見合う価値を持った商品かどうかが重要だと説明します。

 

「そうすれば一応売場に並べてもらうことができる。しかし、売場に並べてもらえても、お客様に買ってもらえないと意味がありません。だからこそ、認知を高める広報活動を同時にやることが大切なのです」

 

「豆苗」を市場に根付かせる際、村上氏は、野菜売場ではなく鍋物コーナーに置いてもらう提案をするなどの工夫をしたといいます。さらに、一回切ってもまた生えてくる「再生栽培(リボベジ)」ができるという付加価値もアピールしました。

 

これまでの倒産リスクを乗り越えてきた経緯を経て、村上氏は得た教訓について語ります。

 

「危機に直面したら、『絶対なんとかする!』という意思と具体的な行動を起こすということに尽きます。そして一度決めたら、やるべきことに集中して、どんなことがあってもそれをやり遂げること。そのためにはすべてを捨ててそこに集中する気概が必要。誰しも時間が限られているので、成果を出せることにのみ集中すべき。“やること”“やらないこと”を明確化することが大事です」

 

|「機能性野菜」「大衆普及型常備野菜」「外食向け新野菜」のトップメーカーを目指して

 

今後は、世界戦略を見据えて、ロシアや韓国、モンゴル、中国、ドバイなどへの進出も視野に入れているという村上農園。

 

今後日本では、高齢化の進む農業生産者の受け皿として、大規模に展開する植物工場の需要が高まることを予測していると言います。これからのビジョンについても詳しく紹介されました。

 

「主力商品は、ブロッコリースプラウトをはじめとする『機能性野菜』、豆苗などの高栄養、リーズナブルな緑黄色野菜の代替となる『大衆普及型常備野菜』。それに加え、ミシュランの星付きレストランが数多くある東京の飲食店向けに、使いやすくて小さなマイクロハーブなどの『外食向け新野菜』を展開したいと考えています。そのためにオランダの最先端野菜メーカーとの業務提携も行いました」

 

さらに、商品の品質強化を目指し、気温だけでなく、日照時間やハウスの構造、水分量などが品質にどう影響するかを追求し、AIなどのテクノロジーを駆使した生産技術についても検討しています。

 

|村上氏ならではのクリエイティブな未来の創り方

 

それまで市場にはなかったさまざまな商品開発を成功させてきた村上氏が、“創造都市”の象徴として最後に例に挙げたのは、ドバイ。「ドバイを見て死ね」と語る村上氏ならではの経営哲学が込められていました。

 

「ドバイは砂漠しかなかったところに、次期国王となる皇太子がグランドデザインを描き、中東に一大金融センター都市を構想しました。世界一高いビル「ブルジュ・ハリファ」は正に繁栄のシンボル。人工島を作り、世界中のセレブが集まる高級別荘が生まれました。何もないところからでも、アイデアさえあれば世の中を変えられるのです。人が考える企画がすべてであり、お金は後からついて来る。他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えることができる。」

 

生き生きと未来のビジョンに至るまでを語った村上氏。その話に大いに刺激を受けた参加者からのたくさんの質問を寄せられながら、盛況のうちにセミナーは幕を閉じました。

パイオニアセミナーは年間通じ、定期的に開催しています。今後の詳細は、こちらをチェックしてください。

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