宿題も定期テストも廃止!「当たり前」をやめた校長が考える「教育」のこれから

イベント パイオニア・コミュニティ 2020/10/2

コロナ禍はもちろん、さまざまな環境変化の中で、人々の生き方や働き方が大きく様変わりする近年。

 

時代の変遷にともない、あらゆるものが進化しても、明治維新から150年以上置き去りだと揶揄されているのが、日本の教育の分野です。

 

今回のパイオニアセミナーでは、“型破り校長”として、子どもたちの自律を重視する抜本的な教育改革を手がけた教育者の工藤勇一氏をお招きし、オンライン形式で実施しました。

 

セミナーの模様を一部抜粋の上、ご紹介します。

 

 

横浜創英中学・高等学校 校長

工藤 勇一氏

 

山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県で数学の中学教諭を5年務めた後、東京都台東区の中学校に赴任。その後、東京都や目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から千代田区立麹町中学校の校長を6年間務める。現在、内閣官房教育再生実行会議委員や経済産業省「EdTech」委員などの公職も務める。著書に、10万部のベストセラーになった『学校の当たり前をやめた』ほか、『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』『子どもが生きる力をつけるために親ができること』などがある。

 

私立受験に失敗した子どもが8割を占める麹町中学で、学校の常識を破る!

 

日本の子どもの自律性の低さを2019年11月の日本財団「18歳意識調査」データを元に説明する工藤氏。

 

工藤氏が中学校教諭としてキャリアを積む中で、ターニングポイントとなったのが、千代田区立麹町中学校の校長に赴任したときのこと。

 

千代田区麹町中学校は永田町に隣接し、最高裁判所や国会議事堂、自民党本部といった日本の中枢機関が林立するエリアにある中学校です。子どもたちは小さい頃からさまざまな習い事のほか、学校よりもはるかに進んだ教育を塾で受けて、そのほとんどが私立中学を受験します。

 

ところが、麹町中学校に入学してくる8割は受験に失敗した子どもたち。

 

「わずか12歳で、『もうダメだ』と人生に絶望した子どもたちが大勢入学してくる中学校です。自己肯定感が低いから人のことも好きになれないし、なにかあるとすぐに世の中のせいにするような子どもたちでした」(工藤氏)

 

そのため、入学早々からどのクラスでも4〜5人は授業をエスケープ。さらに、いじめや破壊行動、ものを盗むといった問題行動のある子どもも少なくありませんでした。

 

点数至上主義の受験戦争に敗れ、傷ついた子どもたちのリハビリには少なくとも7カ月、長いと1年半を要し、入学当初、教員たちはいなくなった子どもを連れ戻すのに必死という状態。

 

それを終えればようやく学校を好きになり、先生を信頼するようになる。そうした“リハビリ”が必要な子どもたちに、工藤氏は大胆な教育方針を打ち立てました。

 

それは、3年間を通じて子どもたちに「勉強しなさい」と言わないこと。定期テストや宿題の廃止、担任制もやめて指名制に。服装や頭髪の指導も廃止したというから驚きです。

 

子どもたちに「自己決定」を促し、信頼関係を築く3 つの言葉

 

しかし、単に子どもたちを放任していたわけではなく、彼らを支援する言葉を用いたことが功を奏しました。

 

それは、「どうしたの?」「君はどうしたいの?」「何を支援してほしいの?」の3つの声かけでした。

 

「授業をエスケープする子どもにまずは『どうしたいの?』と声をかけて寄り添うと、これまで頭ごなしに『勉強しろ』と親や先生から言われてきた子どもたちは驚きます。そして大外の子どもたちから答えは返ってきません。そこで、『授業を受けたくないなら、別室を用意するくらいならできるよ。パソコンでも渡そうか?』と言うと、『じゃあYouTubeでも観てます』なんて答えが返ってくる(笑)。教員と生徒との間でこんなやりとりをしていくと、次第に子どもたちの様子が変わってくるのです」(工藤氏)

 

この声かけのポイントは、「自己決定させる言葉」だと工藤氏は指摘。それを引き出すことで信頼関係を築くというのです。

 

「たとえば、『まともに授業が受けられないなら、向こうに行ってろ!』と言えばそれは命令となります。だから、子どもは与えられたサービスの質に不満を言うわけです。でも、自己決定だと不満を言わなくなる。それができると人も否定しなくなるのです」(工藤氏)

 

子どもたちへのこうした教育方針が評判となり、麹町中学には不登校の子どもたちが続々転校してくるようになりました。中には、せっかく私立中学の受験に受かったものの、学校になじめず転校してくる子どもの姿も。

 

自立型の強い脳を育てるポイントについても言及。ポジティブワードとしては、「失敗しても大丈夫!」「失敗こそが大事な学びだよ」。安心できる環境として、学校は失敗する場所と認識させることが大事。逆にNGワードは、「あの子はダメだなぁ」。これは他人を排除するだけでなく、自分も否定される言葉。

 

明治維新から150年以上変わらない日本の教育の問題とは?

 

かつては朝から晩まで教員が生徒に小言を言うような学校だった麹町中学校。学校では当たり前のさまざまなことを“やめる”という大胆な教育改革に至ったのは、工藤氏がかねてから感じていた疑問、日本に古くから根づく教育スタイルにありました。

 

「日本の教育が抱える問題は、一斉授業などで子どもたちが一方的にサービスを与えられている点にあります。子どもの姿は大人の姿と一緒で、あらゆるものに目的を見失っているのです。これから激変する時代をたくましく生きるために、自分で考えて自分で育成するには、徳育・知育・体育が正しいとされていますが、疑問に思っています」(工藤氏)

 

工藤氏が問題視するのは、学力をつけるための手段として、できるだけ多くの知識を投入する知識偏重型の教育スタイル。ペーパーテストで1点でも多くとれば大学に入学できるといったスタイルを未だに踏襲しているのは、日本と韓国くらいだといいます。

 

そこで工藤氏が取り入れたのが、独自の学習スタイル。たとえば数学の指導は3年間一度も一斉授業はしません。AIを導入し、自習に近いスタイルで、子ども同士が学び合い、わからないことを先生に質問するのが効率的な学習法だといいます。

 

「欧米の子どもたちは塾にもいかないし、学習時間も短いけれど、教育水準は高い。そもそも学校の目的は、自律した子どもを育成することなのに、日本では勉強時間を増やすことが目的化している。それだと自律を失っていき、もっと手がかかるようになる。親や教員は勉強していない子どもを見ると不安になって勉強しなさいと言いたくなるだけなのです」(工藤氏)

 

「宿題」だらけの日本の教育は主体的な思考を奪う?

「わらからないことを調べたり聞いたりして学校で自分の学習スタイルを会得すれば、それが将来、自分の仕事のスタイルにもつながる」と工藤氏。

 

とりわけ日本の小・中学校では、宿題が多いと言われていますが、麹町中でこれを全廃した理由は、興味深いものがありました。

 

「全問中わからなかったのは2問だけなのに、全部学習しなおすと、宿題を提出することに心を奪われ、多くの時間が奪われているのに学力は上がりません。そもそも自分で判断できる自律した生徒は、できなかったところだけを勉強しなおします。しかも、日本の学校は宿題が多い。これでは、与えられたタスクはきちんとやるが、課題意識を持って仕事をする人が少なくなるのはあたりまえです。日本の労働生産性が低いのは教育のせいだと思っています」(工藤氏)

 

それよりも重要なのは、学び方の習得だと工藤氏。聞いたり調べたりしないと理解できないし、それを繰り返すことで、将来のビジネスの仕方にも通じるという話に深く納得です。

 

その点、麹町中では自分の好きな場所に座って1人やグループで勉強するスタイル。時折先生を呼んで質問するなど、臨機応変で、仕事しているスタイルと同じです。

 

これを導入してから落ちこぼれがなくなり、一番遅い子でも140時間の授業分の学習が70時間で終わるなど、自分で学ぶことは非常に効率的だということを実感したといいます。

 

日本のよりよい社会のために学校教育があるべき姿は?

 

よりよい学校を作るには、ペーパーテストの点数を最上位に置くのではなく、本当に大事な目標である、「個人が社会でよりよく生きて行けるようにすること」をきちんと目指せば解決できると工藤氏。

 

「人口が増えていた時代は、誰かの仕事を真似すれば食べていけたかもしれない。今は安くて質がいいものを作らないと売れなくなった。そんな時代に目を向けたいのは、あらためて人や社会のために役立つことや競争相手がやらないことについて稼げるように工夫してみること、そのようなことがあるのではないでしょうか」

 

工藤氏は、今後の激しい環境変化が待ち受ける社会に向けての教育のありようについて、北海道・赤平で建設機械の製造のほか宇宙開発を手がけTEDのスピーカーとしても有名な植松努氏の言葉を紹介しながらわたしたちに語りかけます。

 

人口爆発や食糧問題などの目標を国連でSDGsとして掲げるほど行き詰まった今。そんな時代だからこそ、日本の学校にこれまで何十年間も求められてきた「忍耐」「礼儀」「協力」ではなく、これからは自分で考え、行動できる教育が必要だと強調。

 

その教育の一環として、麹町中で開催される体育祭についても紹介されました。子どもたちに与えられたテーマは、「運動が苦手な生徒も楽しめて、得意な生徒が思い切り輝ける、生徒全員が楽しめる体育祭」。それを受けて子どもたちが自ら考え、実行した体育祭は、誰1人置き去りにせず、例年盛り上がり、大きな感動を呼ぶそうです。

 

こうした課題を我が事として捉え、実行する力を積み重ねれば、将来社会で新しい仕事を創造したり実行したりするときのベースになりそうです。

 

工藤氏のお話は、日本の学校教育を受けたことのある多くのビジネスパーソンが頷ける内容が盛り込まれていました。

 

学校教育は社会人の大事な基盤。社会が激変する今こそ、日本の将来とともに教育のあり方を考えるべきときなのかもしれません。

 

 

パイオニアセミナーは年間通じ、定期的に開催しています。今後の詳細は、こちらをチェックしてください。

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