WASEDA NEOでは、2018年9月27日に「テクノロジーと『シェア』が世界を変える」をテーマにしたパイオニアセミナーを実施しました。今回講師としてご登壇いただいたのは、さくらインターネット株式会社代表取締役社長の田中邦裕氏です。講演に続く第二部のパネルディスカッションでは、パネラーとしてエクスポネンシャル・ジャパン株式会社共同代表の斎藤和紀氏に加わっていただき、ITが飛躍的に進化していく社会を生きるヒントを教えていただきました。
(プロフィール)
さくらインターネット株式会社代表取締役社長 田中邦裕氏
1978年大阪府生まれ。生後すぐに大和郡山市に移住し、10年ほど過ごす。その後、兵庫県篠山市に移住するが、幼い頃に奈良工業高等専門学校で見たロボットに夢をはせ、高専を目指す。
舞鶴工業高等専門学校時代には、ロボコンに打ち込むかたわらインターネットにも興味を持ち、趣味が高じて在学中の1996年にさくらインターネットを創業。当時国内ではまだ珍しかった共有ホスティングサービス(さくらウェブ)を開始。1999年にはさくらインターネット株式会社を設立し、社長に就任。現在は、インターネット業界発展のため、各種団体に理事や委員として多数参画する。
第一部では、田中氏が登壇。IT革命以降、インターネットの普及とともに急速に変化を続ける私たちを取り巻く世界について、自身の起業人生とともに振り返りました。
まず、田中氏が例として挙げたのは、異なる年代に撮影された同じニューヨーク5番街の2枚の写真。1枚目は1900年に撮影された馬車の大群の中に自動車が1台写っている写真で、2枚目はたくさんの自動車の中に馬車が1台だけ写っている写真です。後者は1枚目からわずか13年後の1913年に撮影されたものとのこと。
田中氏は、「街の風景を見れば、そのときに何が流行っているのかが見えてくる」と指摘します。1900年代に、たった13年でこれだけ自動車が普及し生活スタイルが激変したことを、人類はすでに経験していることを示しました。
日本では、1990年代前半から”失われた20年”がありました。2010年代にかけて日本経済はほとんど成長せず、労働生産性がダウンしたと言われています。田中氏が高専在学中の1995年は、日本の製造業は世界一でした。しかし徐々にモノづくりが衰退し、大手銀行や証券会社が倒産するなど、終身雇用の神話が崩れる出来事があった時代でもありました。
「1994〜5年頃から景気が悪くなり、1999年からは就職氷河期に突入しました。一方、この頃からインターネットが急速に発展していきます。World Wide Web(WWW)が発明されたのが1991年。Windows95が登場して一般にPCが普及し始めましたが、実はWebブラウザの歴史はわずか25年しかありません。モノづくりはどん底に向かっている時代でしたが、インターネットが急速に伸び始めた時代に私は起業し、1999年に株式会社化をしました。その直後、ネットバブルが崩壊して会社も一時業績が悪化したのですが、mixiやGREEに代表されるSNSが支持される「Web2.0」の時代が到来し、復調。マザーズに上場したのが2005年、2015年には東証一部上場となりました。」(田中氏)
インターネット黎明期からの社会の激しい移り変わりの影響を受けてきたさくらインターネット。長年サーバー事業を手がけてきた立場から、次のように結論づける田中氏。「コンピューターの速度が速くなり、ソフトウエアの性能が上がることで、全産業の生産性が上がる。だからこそ現在、すべての企業がIT企業化している」。ITの技術革新がもたらした新しい世界についてお話しが続けられました。
「1989年の世界の時価総額トップ20には、日本のメガバンクをはじめとした金融やトヨタ自動車、松下電気産業、日立製作所などの製造業が数多くランクインしていました。しかし2018年現在のランキングでは、アップル、アマゾン、マイクロソフト、アリババなど、アメリカや中国のIT企業がほとんどを占めています。かといって、1989年にランクインされた企業の時価総額が下がっているというわけではなく、その後ランクインされた企業の時価総額が上がっているのです。この状況は、これらの業界がITを基盤に業績を伸ばしていることを示しています」(田中氏)
田中氏が起業当時の20世紀後半からIT革命が起こり、現在はIoTやAI、AR/VR、ロボットによる仕事の発展や多様化が進んでいます。その上で、今後第3のプラットフォームをベースにした新しい世界が切り拓かれると言われています。田中氏は、「企業はITによる第3のプラットフォームを活用して新しいビジネスを展開する」ことを示唆しました。
「Uberは、タクシー会社ではなく、『配車する人』『配車サービスを受ける人』の双方の”プラットフォーム”です。Airbnbは、”世界最大の在庫を持つホテル”と例える人もいますが、基本的にはIT企業です。また、ANA国内線の航空券販売の半数がWebでの売り上げであることなどからも分かるように、ITはもはやコスト削減のツールではなく、企業にとっての営業拠点そのものになっています。販売スタイルが変われば、窓口のあり方や料金体系も変わってきます。例えばLCCでは、スマホで予約を完了させれば手数料はかかりません。逆にリアルでチケットを購入すると手数料がプラスされます。つまり、スマホ前提のサービス形態だということです。一方JRは、みどりの窓口が前提です。窓口での購入価格が定価で、ネットで買うとチケットが少しだけ安くなりますが、これは窓口でかかる人件費の分を安くしているという位置づけです。この2つケースは良く似ていますが、定価がウェブかリアルかという点で実は大きく前提が異なります。ネットが前提となっているLCCと、ITをコスト削減と捉えるJRのスタンスの違いがよくわかる事例です。このように、基本的にすべてのことがITで代替可能になっているというのが、現在の社会なのです」(田中氏)
上述したシェアリングエコノミーの代表格とされるUberやAirbnbだけでなく、人やモノの「シェア」が増えていると語る田中氏。ITによってすべてのサービスが「占有」から「シェア」に向かっていることを指摘します。
「自分の持つスキルを人や企業に『シェア』する動きも活発です。空いた時間で仕事をする副業、同時に複数の仕事を手がけるパラレルワークといった働き方が広がりつつあります。また、クラウドファンディングに代表されるお金のシェアもその方向性をわかりやすく示す事例です。労働人口が減り、資本家至上主義の価値観が崩れる可能性がある今だからこそ、ビジネス形態にも変革が求められていると考えています」(田中氏)
上述したように、ビジネスにも変革が求められる時代だからこそ、重要なのは創造性を発揮して、何かを生み出していくことだと語る田中氏。そのために必要な「3つのT」が示されました。
「何かを生み出すために重要なのは、”Technology(技術)” “Tolerance(寛容性)” “Talent(才能)”です。”Technology”については、日本は非常に高いものを持っていますが、”Tolerance” や”Talent”についてはどうでしょうか。社会はあまり寛容ではないし、企業ではその人にあった仕事の配属がされていないのが現状です。私は営業が不得意なので、もし1社目の会社で営業に配属されていたら辞めていたかもしれないし、パフォーマンスも上がらなかったでしょう。クリエイティビティを最大化させるためにはTalentの適材適所は大切だし、効率性よりも多様性を生かし、新しい視点で物事を見ることが大切なのです」(田中氏)
田中氏の講演に続いて行われた第2部では、エクスポネンシャル・ジャパン株式会社共同代表の齋藤和紀氏が加わり、WASEDA NEOプログラム・プロデューサーの酒井章の司会によりパネルディスカッションを実施しました。
(プロフィール)
エクスポネンシャル・ジャパン株式会社 共同代表
齋藤和紀氏
1974年生まれ。早稲田大学人間科学部卒業、同大学院ファイナンス研究科修了。シンギュラリティ大学エグゼクティブプログラム修了。2017年シンギュラリティ大学グローバルインパクトチャレンジ・オーガーナイザー。
金融庁職員、石油化学メーカーの経理部長を経た後、ベンチャー業界へ。シリコンバレーの投資家・大企業からの資金調達をリードするなど、成長期にあるベンチャーや過渡期にある企業を財務経理のスペシャリストとして支える。エクスポネンシャル・ジャパン共同代表、株式会社Spectee社取締役CFO、株式会社iROBOTICS社取締役CFO、Exoコンサルタント。
――IT企業が加速度的に増加している現代において、エクスポネンシャル(※)な変化が進めば、「すべての企業がIT企業化する」とも言われていますが、そのことについてどのように捉えていますか?
※「エクスポネンシャル」
指数関数的。1の次は2、2の次は3、というふうに直線的に伸びる変化を「リニア(直線的)」と呼ぶのに対して、1の次は2、その次は4、その次は8と伸びる変化のことを指す。
齋藤氏:これは真実だと思います。教育や行政などの仕組みのように、未だ変わっていないジャンルもありますが、これからの時代、今までのやり方を踏襲していてはダメで、私自身もそうした時代に沿って変わっていく必要があることをあらためて感じています。
田中氏:ITが特殊なものではなく、オペレーションシステムだと捉えれば、肌感覚で知っておくべきことだと思っています。今から20年前はパワーポイントを扱えると人はすごい人という認識でしたが、今では普通になっています。また、当時はメールのやりとりをしている人もものすごく先進的な人と捉えられていましたが、今では当たり前です。そう思えば、今すごいと思われる技術やツールも、20年後には普通になっているはずなので、あまり恐れずにトライすればいいのではないでしょうか。
――「エクスポネンシャル」思考を持つことの重要性についてどのように考えていますか?
田中氏:当社では、2015年まで売り上げが伸びなかったため、ある方針を決めました。このとき、年商100億円ぐらいで年間5%ずつ成長していましたが、3年後には年商300億円にする目標を立てました。目標達成のためには、採用も含め、経営の仕方が大きく変わってきます。こういう局面では特にですが、エクスポネンシャルという思考は経営においても必要です。延長線上でちゃんと成長を見せてサステナブルに価値を見出すことが大事だと考えています。
―― UberやAirbnbに代表されるように、「共有」から「シェア」にビジネスモデルが変わりつつあるというお話がありましたが、これについてあらためて見解をお聞かせください。
齋藤氏:情報コミュニケーションの限界コストが下がり、さまざまなリソースを共有して使えるようになっています。ニューヨークには、現在乗用車が13万台ほどあるといわれていますが、ある時間だけを切り出してみると9割は駐車中で稼働していないでしょう。それが100%使えるようになって、ITの力でもっと効率よく動かせるようになれば車の台数は10分の1でよい。たとえ今の稼働する車が10倍の台数になっても渋滞しないとも言われています。それから共感するのは、「才能」のシェア。たとえば私自身のキャリアで言えば、財務経理職でしたので、どこの会社に所属してもやることは大体同じです。仕事の中で私自身に帰属する価値が2割だとしたら、その価値の部分、つまり「才能」だけを切り離してシェアすれば、今の5倍の仕事ができると思いました。更に、同時並行でslackなどのチャットツールを使って数社の仕事を進めれば、更に多くの仕事ができることに気づきました。自分の才能をシェアリングして、それを広げれば広げるほど面白いことになることを実感しています。
田中氏:当社の場合、レンタルサーバー事業自体がシェアそのものです。働き方のことで言えば、弊社の社員が弊社以外の会社にも所属してもらっても構わないし、どんどん能力をシェアしてもらえればと思っています。たとえば短時間ずつ2社に所属して働くことについて、もう一方の仕事が片手間になってしまうのではということがよく危惧されますが、逆に言えば、他社でも、ぜひ、と求められる才能を当社でも取り込めるチャンスだと私は考えています。齋藤さんがおっしゃるように、10倍でシェアされる才能は、別に減るわけではありません。これからの時代、働く時間ではなく、能力ベースに考え方を変換することが非常に重要だと考えています。
――これからの時代に必要なものは「創造性」であるというお話がありましたが、これについてはどのような見解をお持ちですか?
齋藤氏:これからAIが進化していく社会を考えたとき、たとえば、寿司職人がやっている仕事はいずれロボットができるようになるとします。ただし、AIに当面できないことは対面した人を思いやるような「創造性」の部分だと思います。寿司を握るという作業は人からロボットに移るかもしれませんが、「寿司屋の大将」という仕事はなくならないでしょう。なぜなら、AIの進化により、人は囲碁や将棋でAIに勝てなくなりましたが、棋士という仕事はなくなっていません。音楽産業はデジタルストリーミングによってずいぶん形が変わりましたが、逆にアナログのレコード盤は残っています。これは、人々がデジタルには代替できない創造性に価値を見出しているからだと思います。そう思えば、今後は価格のついていない創造性の部分に価値が見出される時代になっていくのではないかと思います。
田中氏:「創造性」といえば、芸術やアート、デザインの世界をイメージしますが、経営者も、創造性が最大限生かされないとできません。管理したり指示したりするだけならコンピューターでもやれることですから。寿司をモノと捉えれば、UBER eatsでデリバリーすればいいわけです。でも、なぜ寿司店に行くかといえば、目の前で寿司を握ってもらって食べるという”体験の価値”があるからからです。”体験の価値”は、AIには提供できないものです。また、必ずしもあらゆることがIT化していくことに不安を覚える必要はないと思います。今は当たり前のように普及している駅の自動改札機ですが、20年前は駅員が切符を手切りしていました。それがなくなったからといって、現在、悲観している人もいないわけです。
―― “AIが発達し人間の知性を超える”ことによって、人間の生活に大きな変化が起こるという概念「シンギュラリティ(技術的特異点)」についてどのようにお考えでしょうか?
田中氏:進化の速いITの仕事を日々しているので、「シンギュラリティ」については当然、起こるべき事だという認識です。今のAIだと人間がインプットした以上のことはできないけれど、それができるようになれば、人はもっと楽できるのではないかと期待しています。ここ20年間で週休2日が当たり前になり、労働時間が減っています。AIが人と同じ労力を持ったら、毎日寝て暮らせる夢のような世界がやって来るのではと思っています(笑) ただ、残念ながら、かつてのパワーポイントの登場が典型例ですが、業務効率化されて楽できるかと思いきや、夜中までかかって企画書をまとめるという仕事は残ったわけです。それと同様に、働く時間は短くなっても、結局人がやるべき仕事は最後まで残るのではないかと思います。
―― 時代を示すキーワード「アバンダンス(あり余る、満ち溢れる)」についてはいかがでしょうか?
斎藤氏:20年前迄は欠乏を充足させることで、モノが売れた時代でした。現在、生活必需品は手に入りやすくなりましたが、モノもお金も飽和状態になり、あり余るほど豊富にあるのに、均等に配分されていないのではないかと思います。一方で、自ら強い「思い」や夢を発信すれば、人はそれに引き込まれていきます。そういうところにお金も、そして才能も引き寄せられていくのです。スタートアップにはクラウドファンディングで意外とお金が集まっている現状等があることを思うと、お金はありふれた状態「アバンダンス」になっており、あるところにはある。そんな時代に合った戦い方が必要なのではないかと思います。
田中:私自身、「アバンダンス」は今回初めて知った言葉です。人・事・モノの集まり方の前提がこれまでとまったく異なり、お金はあり余っているという前提をいかに捉えるかということだと思います。ブロックチェーンによる仮想通貨でのお金の流通はもちろん、クラウドファンディングのように一気にお金が集まる夢のあるプロジェクトも増えていて、お金の集まり方が変わってきているのが現状です。ただし、それ以前に資源に限りがあることを念頭に置く必要があります。昔は重油が豊富にあって無尽蔵に使えましたが、今はそうではありません。重油を燃やせば燃やすほど環境破壊につながるし、魚を乱獲すれば絶滅することがわかり、人類はモノを大量に獲得することによる環境への影響を学んできました。つまり、消費した分だけ還元しなければならないというゼロ・エミッションとアバンダンスは密接な関係にあるということです。国連サミットで「SDGs」の17の目標が立てられたのは、そうしないとシンギュラリティ以前に、社会が崩壊してしまうからです。すべての人に資源が再配分されて、みんなに教育が行き届いていかないと、本当の意味でアバンダンスとは言えません。それが叶ってはじめて、その先にアイデアや指数関数的な成長曲線が描けるのではと思います。
今とこれからの時代を読み解く今回のパイオニアセミナー。田中氏、齋藤氏から投げかけられたテーマをもとに、会場でもディスカッションが行われ、各テーブルで熱い議論が交わされました。
IT技術やインターネットの進化の歴史を振り返れば、この先SFのような世界が待っているとしても、意外と冷静にこれからの未来と向き合えるような気がします。時代性を見極め、恐れることなく新しいやり方を模索していくことが大切だということを学べる貴重なセミナーとなりました。
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