人生100年時代に突入するいま、私たちは「キャリア」と向き合い、自らの生きる道筋を考えなければなりません。その際、いかなる観点からどのように考えていけば良いのでしょう。2019年1月よりWASEDA NEOは「人生100年時代を生き抜く『人間再開発』」のゼミナールを開講し、これからの日本人がキャリアを考える上で必要な知識と体験をアップデートできる場を提供いたします。
その先駆けとなるシンポジウムが、2018年10月30日に開催されました。キャリア開発のスペシャリストが登壇した『日本のキャリアを変えよう!』の会場では、定員90名の参加者でいっぱいに。キャリアについて語るということを、多くの方が求めていたことが伺えます。
まずは、参加者同士で本日のシンポジウムに臨んだ理由や現在持つ課題について、意見を交わしました。参加された皆さんの想いが共有されたところで、株式会社モチベーションジャパン代表取締役社長兼キャリアセルフ・エフィカシー研究所の所長 松岡保昌氏の基調講演が行われました。
松岡氏は「心理面からアプローチする経営コンサルタント」として、経営、人事、マーケティングに関し、多くの企業の顧問やアドバイザーを務めています。リクルート、ファーストリテイリング、ソフトバンクグループにおける重要業務を歴任し、福岡ソフトバンクホークス取締役として球団の立上げにも関わってきました。日本のトップ経営者たるファーストリテイリングの柳井正氏やソフトバンクの孫正義氏の元で仕事をしたことのある、日本でも稀有なキャリアの持ち主と言えます。
現在では、『1級キャリアコンサルティング技能士』や『キャリアカウンセリング協会認定スーパーバイザー』の資格も持ち、キャリアコンサルタントの育成にも注力しています。
講演の序盤で、松岡氏は『企業・組織』と『働く個人』の両面を変えなければ、日本のキャリアは変わらないと語ります。ダーウィンの格言である「最も変化に適応できる種が生き残る」という言葉を引用し、「変化し続けられる人をいかに作るか。それがキャリア支援者としても大事だ」と述べました。
そもそも、松岡氏がキャリアコンサルタントに興味を持ったのは、リクルートで情報誌『就職ジャーナル』に在籍していた1990年代に、主に中高年を対象にした大規模なリストラを目の当たりにしたことにあります。「個人が主体的に『自分の人生とキャリアは自分で作る』という意識が少ない。さらにポータブルスキルの視点から、自分のことを考える機会が少ないせいで、活躍の場が見いだせていない」という想いを抱いたことがきっかけでした。
さらに現在は、名だたる企業であっても事業ごと買収される時代であり、副業・兼業といった働き方が広まりつつあります。“会社に縛られない働き方”が当然になれば、多様な選択から自分軸で仕事人生を形作っていく必要がある、と松岡氏は強調します。
次に話題は、キャリア支援をする人の心構えや育成について展開しました。
現状のキャリアコンサルタントは、対象者との“関係構築”のみに主眼が置かれすぎていると持論を述べます。心理学、法律、労働関係といったマクロな知識は当然ながら、松岡氏は「その人の『換金価値』を共に考え、選択肢をつくるための知識が必要。さらに、相手の置かれた状況を読む感受性と知識も必要となる。そして、自己理解を促し、行動してもらう。社会のことを知り尽くすくらいの心構えを持ちましょう」と呼びかけます。未来予測をするために情報を集め、仮説を立て、仕事の時流を読み解くことで、対象者が価値を出し続けられるための“想像力”を磨くことの重要性を説きました。
松岡氏は、ソフトバンクが感情認識ヒューマノイドロボット『Pepper』を発売した事例を挙げます。Pepperはデータ収集の役割を担うと同時に、『ロボットのアプリケーションプログラミング技術者』という新たな職種も生みました。何か新しい潮流が起きた際にその先を想像し、生まれる仕事に目をつけることも大切ということでしょう。
そして、「現在のキャリアコンサルタントのビジネスモデルはねじれている」と述べた上で松岡氏は、「かかりつけ医のようなキャリアコンサルタントが理想。半年や年に一度、自らのお金でキャリアコンサルティングを受け、気付きを得て、新しい環境や役割で、自分軸で生きがいを感じながら仕事に取り組めるようにする」と、キャリアコンサルタントの在り方そのものにも言及。「一人ひとりが『自分の人生は自分のものだ』と自覚できる社会をつくること。それこそが、日本のキャリアを変えることにつながる』と、松岡氏は話を結びました。
基調講演に続き、株式会社日本マンパワーのソリューション企画部専門部長 水野みち氏が登壇。『キャリアの普及と啓発』の観点からプレゼンテーションが行なわれました。
20年間にわたってこの観点から発信し続けてきた水野氏は、マーケティングにおける『上位2.5%のイノベーター理論』を援用しつつ、「現在のキャリアカウンセリングやキャリアコンサルティングに関する資格取得者は、アーリーマジョリティ(※1)やレイトマジョリティ(※2)のゾーンからも参加者が増えてきた」と話します。しかしながら、キャリアコンサルタントやキャリア研修を受けた人を足しても規模は100万人ほどであり、日本の労働人口から見ると、いまだにそれらの研修を受けていない方々が6,620万人もいるのが現状です。
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※1:比較的慎重派な人。平均より早くに新しいものを取り入れる前期追随層
※2:比較的懐疑的な人。周囲の大多数が試している場面を見てから同じ選択をする後期追随層
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そのため、この現状を変えることこそが、「日本のキャリアを変えることにつながる」と語ります。キャリアに関する考え方の普及や啓発を後押しする事例として、水野氏は『カンバセーション』『アンバサダー』『リソース』の3点を挙げます。
『キャリアカンバセーション』は、従業員のキャリアについて、上司との話し合いや対話の場を設けること。双方の仕事観や期待値を理解し、キャリアへの意識を醸成していきます。ちなみに、カナダやオーストラリアでは、政府がこの動きを推進するための冊子も制作しています。
そして、呼び方は取り組む人によって異なるそうですが、社内にキャリアの考えを広めていく役割を持つ『キャリアアンバサダー』を置くことで、接点をつくることも効果的。ある企業では、揃いの明るい色のユニフォームを着るなどして、親しみやすい雰囲気を醸成しているといいます。
また、機会や役職だけでなく、自発的にキャリアに対する考えを深めるために『キャリアリソース』を用意することも一助となります。キャリアデザインの方法や理論を説いた書籍、あるいは支援制度や支援ツールなどの整備、それらの情報発信も含めたものが『キャリアリソース』です。
水野氏のプレゼンテーションに続いて、WASEDA NEOのプログラムプロデューサーである酒井章が登壇。会場の参加者を3〜4名ほどのグループに分け、以下“3つの問い”についてディスカッションの機会を設けました。
1.キャリア支援者の市場価値をどのように挙げるか?
2.「キャリア」という考え方を日本にどのように浸透させるか?
3.これからの人間(日本人)に必要な能力とは何か?
年代や性別もまちまちな参加者が意見を交わす声が会場いっぱいにあふれました。そして、ご登壇者との意見交換へ。企業で人事を務めるある参加者からは、「個人のキャリアを考える一方で、当然会社でも働き続けてもらいたい。企業への働きかけこそが大切ではないか」という意見が述べられました。
これに対し松岡氏は、「上司と対話できる環境が大切。考え方が発展的な経営者もいるが、中には自社に自信がないために、社員に対して『キャリア意識に目覚めないでほしい』という経営者さえいる。だからこそ、“社外規範”と“社内規範”の両面が大切」と指摘します。経営者は個人それぞれがキャリアを形成していく時代において、働く人々を自社につなぐには、“社外規範(サービスなどを提供し、世の中をいかに変えたいか)”と“社内規範(そのためにどういった人物を評価するか)”に本心から共鳴させることが大切だ、と松岡氏は述べました。
また、『これからの人間(日本人)に必要な能力とは何か?』というテーマついて話しあったグループは、「新しいものを創造し、生み出す人が必要。そのためには情報を鵜呑みにせず、世の中の変化を自分事として捉えられる力が重要」という意見が。これに対して酒井は、「ジョブ・クラフティングという言葉もあるが、0から1を生み出すだけでなく、組み合わせによって創造性を発揮することもできる」と応えましたが、この話題はまだまだ尽きない様子でした。
シンポジウムの最後には、来年1月からの『WASEDA NEO みんなのフューチャー・キャリアセンター』構想を発表。キャリアという新しい根幹を据え、社会や未来を見通す力を養うことが目標です。キャリアに紐づくシンギュラリティ、ダイバーシティ、心理学、異文化マネジメント、パラレルキャリアといったトピックについて学ぶゼミナールを数多く用意し、さらにはキャリアコンサルティング機能の設置も予定しています。
また、『日本のキャリアを変えよう!』プロジェクトのFacebookグループの開設についてもアナウンスがあり、シンポジウムは幕を閉じました。
閉会後も、会場のあちこちでは名刺交換や議論を続ける参加者の姿が。キャリアコンサルタントに従事する方や、自身のこれからのキャリアについて考える方、それぞれの観点を伝え合い共有する時間となり、双方にとって実りある機会となったようです。