未来志向の人々が学び合い交流する場である「WASEDA NEO」では、毎回さまざまな業界で活躍するイノベーターを講師にお招きする“パイオニアセミナー”を実施しています。
今回、登壇いただいたのは、グローバル競争に勝つための組織変革を手がけてきた日産自動車株式会社取締役の志賀俊之氏。2017年には、日産自動車、ルノー、三菱自動車の3社連合により、グローバル販売台数でトヨタを抜いて世界2位となるなど、躍進を続ける日産自動車。背景には、2000年以降のカルロス・ゴーン氏が目指すグローバル化への施策がありました。
講演のテーマは「何故、グローバルに戦える日本人ビジネスリーダーが少ないのか?」。GDPトップ3で、経済大国であるはずの日本。なぜこれまでグローバルに戦えるリーダーを輩出できなかったのか。その背景と理由について、志賀氏の講演から紹介します。
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<プロフィール>
株式会社産業革新機構代表取締役会長CEO
日産自動車株式会社取締役
志賀俊之 氏
大阪府立大学を卒業後、1976年に日産自動車に入社。1999年にCOOのカルロス・ゴーン氏のもと、企画室長およびアライアンス推進室長を兼任。現場とのパイプ役として、日産リバイバルプランを立案、実行。2000年より常務執行役員。一般海外市場担当として成果を上げ、2005年4月に最高執行責任者(COO)、同年6月にCOO・代表取締役に就任。2013年11月より代表取締役副会長に就任。
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2013年に日産は軽自動車「DAYZ」を発表しました。コンパクトなのに中は広く、燃費もよいことから、日本ではよく売れています。しかし、海外では1台も売れません。
一方で、スズキはすでにインドで軽自動車の参入に成功しています。このとき、スズキは660ccのエンジンが中心であるインド市場に向けて、800ccエンジンを投入しました。日本ではほとんどの道路が舗装されているので、660ccの非力なエンジンでも十分走れます。でもインドは悪路が多く、そもそも舗装路が少ないため、非力なエンジンでは走れないのです。
「なぜ日本にはグローバルリーダーが育たなかったか?」の答えがよく表れた事象だと思います。日本の中では優秀でも、海外ではそうはいかない。軽自動車は日本でしか売れていないので、“ガラパゴス化”と呼んでいます。
軽自動車だけでなく、多くの日本製品は、日本市場向けに作られ、国内で好調なら海外へ輸出する流れがほとんど。一方、2007年に初めてアップルがiPhone3Gを発売しましたが、決定的に違うのは、この時点で世界22カ国同時発売だったということです。
では、企業における“インターナショナル”と“グローバル”の違いについて説明しましょう。“インターナショナル”とは、日本から海外に進出し、海外売上げ比率は高いけれども、あくまで日本中心に展開されることをいいます。
一方、“グローバル”は、日本が中心ではなく世界を中心に展開することです。グローバルに人材を確保し、その能力を活用し、最適に配置し、全体のパフォーマンスの最大化を目指すことをいいます。
日産では長きにわたり、輸出事業を展開してきました。1999年に初めてゴーンさんが日産にやって来たとき、「日産はマルチカントリーで仕事をしているだけであって、グローバルではない」と言ったのです。当時、私はその意味がわかりませんでした。日産は世界100カ国以上に輸出し、世界20数カ所に工場を持っていて、グローバルに仕事しているじゃないかと思っていたのです。
だからゴーンさんに、「グローバルに活躍するということはどういうことですか」と尋ねました。すると、上述のグローバルの定義を教えてくれたのです。
グローバル化が進む日産の海外販売比率は増え続けていて、現在は90%(2016年時点)とほとんどが海外となっています。
では、グローバルで勝負するためには、何が要求されるのでしょう?ゴーンさんは言いました。「世界と競争をしていると考えることだよ」。つまり、グローバル企業で働くということは、五輪やW杯の出場を目指すことと同じなのです。
以前は、日産の人事でも、各国支社や工場でローカルの人がどんなに優秀でも、日本人の管理職を置いていました。しかし、2000年から実力主義になりました。以後、たとえば営業職なら地域や国は無関係に、部署単位で優秀な人を“ハイポテンシャルパーソン”として登録し、チャレンジングな仕事が与えられるシステムに変わったのです。
これを10年以上続けた結果、アメリカ、フランス、イギリス、インドなどの外国籍役員が増え続けて、トップマネジメントの国籍も多様化しています。今や執行役員の45%は日本人以外となっています。
その45%の責任者の専門部署は、トレジャリー、マーケティングなどです。つまり、すべてプロフェショナルが関わる領域の仕事なのです。そうなると、日本人はとても勝てません。
たとえば日産のグローバルマーケティングの責任者も外国人ですが、大学時代にマーケティングを学び、小さな会社でたくさん経験を積んで、ステップアップしてから日産に入社した優秀な人材です。実践にも知識にも長けた真のプロフェッショナルです。
日本の大学進学事情を見てみると、マーケティングをやるなら商学部を選ぶべきところを、偏差値が高いという理由で政経学部に進むといったことがあります。自分のやりたいことではなく、偏差値で大学を選んでいるのだから、国際的に勝てるわけがありません。
グーグルCEOのサンダー・ピチャイやマイクロソフトCEOのサティア・ナデラはいずれもインド人で、 国内企業でも武田薬品工業のCEOは今やフランス人です。
「国別CEOランキング」トップ30に日本人はゼロ。GDPの2トップのアメリカや中国からはたくさん輩出されています。日本はGDPトップ3で、世界トップレベルの教育を施している国にも関わらず、海外のトップ企業のCEOをたった1人も輩出していないのが現状です。歴史的にもゼロです。
では、なぜビジネスの世界でグローバルに戦えるビジネスリーダーが少ないのでしょう?
「そういう環境になかった」「同調社会であり、逆に目立つことをすると叩かれる中でずっと教育を受けているから」——みなさんの意見はすべて正解だと思います。
私は、日本人は正解の核心がないと発言しないからだと考えます。会議では聞き役、仕事では脇役。グローバル化すればするほど埋没し、目立たなくなります。
統括すると、日本のCEOには、3つのタイプがあります。
1つ目は、「部門トップ型」。これは、仕事ができて部門のトップになるタイプ。
2つ目は、「オーナーファミリー型」。若いときから帝王学で社長業を学ぶパターン。
3つ目は、「リーダーシップ型」。これは、若いうちにマネジメントやリーダーシップを自ら学んだ、フォードやマツダの元CEOのマーク・フィールズや日産のゴーンさんが当てはまります。ゴーンさんは30歳の若さでミシュランのCOOに就任して、ルノーにスカウトされて上席副社長に就任、それから日産でもCOOやCEOを歴任し、ずっと社長が生業の人なのです。
話をもとに戻しましょう。日本でリーダーが育たない原点はどこにあるのでしょうか? 私は日本の教育が原点にあると思っています。
わかりやすい例として、学校で先生が子どもに、「なぜキリンの首は長いのでしょう?」と聞いたときの質問の答えに表れます。海外の学校では、子どもが答える多様な答えをどれも褒めてあげます。なぜなら答えはひとつではないからです。一方、日本の学校の場合、正解ありきの教育です。自分で判断して、考え、表現し、結果を出すのは、経営者の仕事そのものですが、こうした教育がなされてこなかったのが、日本の教育なのです。
近年、第4次産業革命の時代といわれています。それが作り出す新時代として、日本でわかりやすく示されているのが、“Society 5.0”です。バーチャルとリアルが融合し、あらゆるものが繋がって、あらゆるものがわかるようになる世界。ダボス会議が予測する未来でもある、“超スマート社会”となって、必要なときに必要なものが提供される世界が実現したら、考えられるのは、生産のムダや廃棄が少なくなるということ。
さらに、モノを所有することから、共有することにみんながシフトすれば、モノが売れなくなります。ビジネスの有り様が根底から覆されるのです。利益を上げるのが企業の正解だと思っていたけれど、そうなれば、単純に生産量やマーケットシェアといったことは関係なくなるかもしれません。
そんな社会において、経営者が目指す指標はなんだと思いますか?増収、増益というのはあと10年ぐらいまでの話でしょう。自動車会社でいわれているのは、モビリティサービスを提供するプラットフォームの下請けとなるということです。
日本の教育も、知識偏重から、創造的思考を深めるものに変わるでしょう。歴史の時間に、フランシスコ・ザビエルが日本にやって来た年号を覚えるよりも、「あなたなら日本にキリスト教をどうやって広めますか?」と問われるような教育が求められるのです。
これからの採用は、新卒一括採用ではなく、ジョブ型雇用やプロフェッショナル雇用、インターシップ雇用となり、専門性が重要視されるはずです。
たとえば、日本において、財務のプロフェッショナル(CFO)は希少です。業務内容は、経理、会計、税務、決算、資金繰り、資金調達、さらにM&A、IRにまでおよぶ専門分野です。
日本では、大学でも専門の勉強をしていない人がほとんどなので、会社に入ってからプロフェッショナルとして勝負しようとしても、本物にはかなわないのです。
野村総研の調査によると、10〜20年以内に、将来、今ある日本の職業の49%がなくなるといわれています。そんな時代に、あなたの仕事は高度なAIによっても代替されない自信がありますか?
以前、大学で講演したときに、「これから通訳もAIが活躍するでしょう」と話したのですが、そのとき学生さんが、「私は通訳になりたくてこの大学に入ったのですが、私のなりたい職業はなくなってしまうのですか?」と心配そうに尋ねてきました。
私はこのとき、ゴーンさんの通訳である森本由紀さんの話をしました。森本さんの通訳は、「魂の通訳」です。実際に、ゴーンさんが怒っていると、ゴーンさんに英語で怒られ、さらに森本さんからも日本語で怒られるということが起きます(笑)。
そんな時代だからこそ、最後はやはり、精神、心、魂を鍛えることが大事なのだと思います。魂を込めたおもてなし精神がある以上、絶対に残るはずです。
多くのIT企業を創出するシリコンバレーの起業を生むエコシステムには、“失敗”を尊重する文化が根づいています。
愚かな失敗をした人より、リスクを恐れてチャレンジしない人の方が格下です。スティーブ・ジョブズも何度もトライ&エラーを繰り返し、一度は自分が創ったアップルをクビにされたほどです。
日本では、失敗を尊重する文化は弱いです。リスクをなるべくとらない大企業の体質がそれを表しています。
投資先として、大企業とベンチャーの両方を見ますが、大企業ほど失敗しても“学び直し”をしない傾向にあり、優秀な若い人はベンチャーで果敢にチャレンジしている印象です。でも残念ながら、圧倒的に日本ではスタートアップが少ないのが現状。それはベンチャーキャピタルの投資額をみれば明確で、アメリカ8.7兆円、中国2.4兆円に対し、日本はたった1300億円です。
一方、中国では、起業の気運が高まっています。先日、中国の清華大学で“地獄の特訓”ともいわれるMBAクラスの卒業式に参加しました。そこには50人ぐらいの受講者がいて、その中には、アップル、グーグル、アマゾン、マイクロソフトとも肩を並べる世界5大企業のひとつ、「テンセント」創業者の馬化騰さんも参加していました。アジア一の富豪となった彼でさえ、“学び直し”をしているのです。他にもベンチャーのトップはたくさんいました。
明日からぜひ実行していただきたいのですが、成功は失敗の数で成り立つのです。たとえば、「この商談をまとめてきて」といわれたときに、自分ができる確信がないと断りたくなりますが、それを、引き受けるのです。
そうすると、確実に失敗します。私も山ほど失敗しました。でも、次に成功するために頑張ります。成功は失敗から始まるのです。
最後にまとめると、グローバルで勝負できる人材になるには、多様な人の中で自分の意見をしっかり持てること。専門分野において多様な知識と理論を持てる、失敗を成功の糧として乗り越えられることが、なによりも重要なのです。
※本セミナーのファシリテーターは、早稲田大学 社会人教育事業室長 太田正孝教授が務めました。
<今後のパイオニアセミナーについて>
次回パイオニアセミナーは、シャネル株式会社 代表取締役社長 リシャール・コラス氏にお越しいただきます。マネジャーではなくリーダーを作りあげるために必要なことなど、当日はリーダー論についてお話いただきます。