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新政の酒造り哲学 -伝統を革新に変える“善なるイノベーション”とは?-

イベント パイオニア・コミュニティ 2021/8/3

 若者の日本酒離れが叫ばれる昨今、1975年のピーク時には全国に3000件以上あった酒蔵も、現在では1200件ほどにまで減っています。
 そんな中、地元産の原料にこだわり、木桶をもちいるなど、近代化とともに工業化されてきた日本酒造りを根底から見つめなおし、地域での循環型日本酒製造から、日本酒文化そのものを回帰させ、他に類を見ない特徴ある酒造りをして、人気を博しているのが『新政』です。

 7月16日のパイオニアセミナーでは、伝統的な日本酒造りから、華やかかつ真の通った味わいを生み、多くの日本酒ファンを魅了している日本酒酒蔵、新政酒造株式会社 代表取締役 佐藤 祐輔さんをお迎えしました。

 

オンラインと対面のハイブリッド形式でセミナーを開催した当日のセミナーの模様を一部抜粋の上、レポートします。

 

 

新政酒造株式会社 代表取締役(8代目)
佐藤祐輔氏

東京大学文学部卒業。東京でライター・編集者として活躍後、2008年新政酒造株式会社に入社。味だけでなくラベルデザインなど、従来の日本酒と一線を画す日本酒を作り出す。2010年には地元秋田の酒蔵の若手醸造家5人で「NEXT5」を結成し、オリジナル商品の製造やイベント企画出店など、精力的に活動。2012年、同社代表取締役に就任。自社の日本酒造りを追求するにとどまらず、自社田運営や、日本酒による地域づくりにも着手している。

 

赤字続きだった経営を見直すところからの再出発

 1975年には20,000石もの日本酒を造っていた新政酒造も、バブルの崩壊とともに売り上げを落とし、佐藤氏が帰郷した2007年には12年連続で赤字が続き、あと3~4年で債務超過に陥るという状態だったといいます。
「赤字がひどくて、社員も無気力。会社側もどんなお酒を造るかというビジョンがありませんでした」と当時を振り返る佐藤氏。2007年頃はスーパーマーケットに卸す安い普通酒の製造が全体の80%を占め、かつて売れていた時の状態そのままに、設備投資もできないまま酒造りがされていたといいます。酒造りをしたくて戻ったのに、同時に経営も考えていかなくてはならない状態がありました。

  そこで、自社だけでなく、日本酒業界全体を見てみることにしたところ、日本酒全体のうち、普通酒が約75%を占め、特定名称酒は25%にも満たない実情がありました。
「消費者物価指数のグラフを見ると、日本酒はずっと下がっているのがわかります。本来量が売れなくなれば単価を上げていかなければならないのに、日本酒は売れなくなればなるほど、安売りをしてしまったんです」。日本酒業界全体の構造上の問題を理解して、「うちだけがひどい状態ではない」とわかったと振り返ります。
 しかしその中でも売れているお酒に目を向けると、時代の変遷とともにしっかりと造られるお酒が求められ、現在はさらにクラフトのものに目が向けられるようになってきていることに気が付いたといいます。

 

文明的モノづくりから文化的なモノづくりへ

一様に衰退していく日本の伝統産業

「最新技術を駆使して造られたお酒と、伝統的な造り方をしたお酒のどちらを飲みたいですか?自分だったら伝統的な造り方をした方を飲みたいと思いますが、2007年当時、伝統的な造り方をした日本酒はほとんど出回っていませんでした」。
 日本酒なら1本四合瓶で1万円していても贈答用だったら買う人はいるのに、ビールだったら買わないところには消費者の何らかの心理があるという佐藤氏。そこには、日本酒は伝統産業や、〝晴れの日に飲むお酒〟という認識があるからであって、伝統的な造り方をしていなかったら、それは大いなる裏切りなのではないかといいます。
   こうした背景にも日本酒業界の構造上の問題があるといいます。日本酒の製造方法は明治以降、国が管理してきた歴史があり、同時に大きくなっていったけれども、衰退していくタイミングもまた同じ。結局今日でも、主流となる製造方法が業界全体を覆っていて、特定名称酒のなかでは最も良いとされる“純米大吟醸”の味に飽きが来てしまったらその先はないということになってしまうと続けます。「蔵人もエンジニアなので、新しい技術や新しい酵母ができるとそれを使いたくなります。新しい製法が生まれると古い造り方は捨て去られ、過去のものにされてしまうんです。これでは狭い範囲の中で競い合っているだけになるため、独自性のある経営戦略が必要になります」。

 

見習うべきはヨーロッパ型の伝統産業

 「日本は伝統産業の宝庫であるのにも関わらず、うまくいっている事例が少ないものです」と佐藤氏。しかしヨーロッパに目を向けると成功している例はいくつもあるといいます。
   例として、イタリアのパルマ市を上げました。パルマ市は人口19万人、面積は260k㎡。日本でいえば、人口は小田原市、面積では喜多方市ぐらいの大きさの町。ここで作られる生ハム(プロシュート・ディ・パルマ)は伝統的な作り方を守りすべて手作業。発色剤(亜硝酸塩)を使わないで綺麗な色をだしています。
 この生ハムの総売上高は年間2350億円。日本酒の総売上高4000億円と比較すると、1つの町の生ハムだけで、日本酒の60%近くを稼いでいることになります。「パルマの生ハム以外にもイタリアには1000億円を超える売り上げを持つ伝統産業はたくさんあります。こうした背景には大企業に頼るのではなく、中小企業が独自の技術を持ち、地域、地域で生き生きと生きる中世から続くギルド的な趣を今に残しているからなのではないでしょうか?」と佐藤氏はいいます。
   産業の構造的な問題として佐藤氏は〝文明的産業〟と〝文化的産業〟ということについて話されました。
「中小企業が大企業の傘下に入れる日本やアメリカ型の集権的産業を〝文明的産業〟とします。こちらは経済効率を考え、汎用的な科学技術を重視するために、すぐにコモディティ化してコストパフォーマンスに走ってしまいます。一方ヨーロッパ型の〝文化的産業〟は無数の中小企業が伝統を守り、高付加価値を生んで、産業を動かしています。文明的産業は合理的で常に新しいものを生み利便性を追求しなければならないけれども、文化的産業は非合理の塊。古いものを無条件に尊重するものです。日本にも文化的な情緒的側面はたくさんあるのだから、文化的な産業を追い求めてもいいんじゃないかと思います」。

本質は伝統産業、永続的に循環する酒造り

 伝統産業を植物に例えるならば、味わいやおいしさ、パッケージデザインは花や果実だとすると、種子(DNA)は伝統製法・技術、歴史性、地域性だといいます。
 「花や果実は毎年変わってもいいけれど、種子は勝手に変えてはいけない。長い目で見て変えてしまったらなくなってしまうかもしれません。日本酒造りにおいて、お米が足りないから醸造用アルコールをたくさん添加するということは、本質を捻じ曲げてしまったことになります」。
 新政では、機械化や新しい技術、販路の拡大、コスパなどはあまり重要にしておらず、伝統製法・トレーサビリティ、個性的な味わい、無添加といったことを大切にしているといいます。

 

伝統産業こそ知ってもらう努力を

 「スティーブジョブズが〝知られない努力は意味がない〟と言っていたように、いくら努力しても、世に知ってもらわなければ、従業員の努力が無駄になり、ただのブラック企業になってしまう」という佐藤氏。制作に時間がかかる伝統産業こそやっていることを正しく伝え、理解してもらうことが必要で、手間を付加価値に変えていかなければならないのだといいます。
   新政ではパッケージを現代的なものにしていますが、その背景には様々な思惑があるといいます。「おそらく、漢字で『新政』と書いてあるだけなら、誰も手に取ってくれなかったかと思います。だけど、造り方は徹底的に伝統を守っているのだから、パッケージは派手目に振って、まずは手に取ってもらい、味わってもらい、“おいしい”と思ったところから、伝統製法を理解してもらいたいです」。
   イベントも積極的に開いているとのことで、「NEXT5」という秋田の同業者でつくった酒蔵グループでは、ライブイベントやディナーパーティーを開催。今年は『No.6』の10周年なので、東京や京都、秋田で『No.6』のイベントを開催しています。

 

≪新政酒造の取り組み年表≫

2009年~ 現存する最古の協会酵母「6号酵母」のみによる酒造りを開始
2010年~ 秋田県産の米のみでの酒造りを開始
      古い品種の米の復活
2012年~ 全量純米酒化
      速醸酒母の撤廃、山廃系酒母をメインに
2013年~ 原料米をすべて契約栽培に
      木桶を購入(2021年現在38本を保有)
2014年~ 最も伝統的な「生酛づくり」のみによる酒造りを開始
2016年~ 山間農村「鵜養(うやしない)」にて契約栽培を開始
2017年~ 2017年「鵜養」自社田にて無農薬栽培を成功させる
2019年~ 全量蓋麹化  
※蓋麹製法:酒造りの酛となる、麹をつくる際米を1㎏ずつに分けて製造する方法。ふつうは20㎏ほどに分けてつくるため、より手間がかかる。
2020年~ ラッダイト運動の激化。放冷機など機械の撤廃

 

木桶へのこだわり

 現在、38本の木桶を保有しているという新政酒造。今後数年のうちに、全量木桶で醸造できるよう、整えていくといいます。「木桶は漏れるだの、木の匂いがつくだの言われますが、僕は気に入りました。杉の学名は“日本の埋もれた宝(クリプトメリア・ジャポニカ)”といい、日本にしかありません。特にうちの6号酵母のような、穏やかで、さわやかな香りのお酒には、杉のグリーンな香りがよく合うんですよ」。
   日本酒は1000年以上木の桶で醸されてきたのだから、合わないはずがないといいます。事実、ホーロータンクが用いられるようになった際には、「薄くなって風情が全くなくなった」などという批判があったそうです。「現在は木の桶は腐りやすく、杉の香りは良くないものと造り手に無意識のうちに教育してしまっていますが、固定観念をとって飲んだ時、本当においしいと感じるものがあると確信した」といいます。
   しかし日本の伝統産業に深くかかわってきた木桶も、現在唯一製造している会社が、まもなく廃業してしまうといいます。そこで、いっそ自分たちで造ってしまおうと、木桶造りの会社を数年以内に設立できるよう取り組んでいるといいます。
「木桶は日本酒だけでなく、味噌や醤油を醸造するのにも使うのに、造る人がいなくなってしまうと、日本の発酵産業全体がダメになってしまうのではないかと考え、伝統産業を守っていくためにも、頑張っていきたいと思います」。

 

 

(秋田県の新政酒造とライブ中継をし、オンライン酒蔵見学を行いました。)

 

無農薬農業~地域循環型の農業へ~

 「昔の農業は太陽と水さえあればできたのに、現在の農業は違います」と話す佐藤氏、生産性向上とコストダウンのために機械化が進み肥料や農薬を使ってきた慣行農業は、実際には石油や燃料を使い、お金が外に出て行っている農業だといいます。
   「秋田市内から車で30分ほど離れたところに、『鵜養(うやしない)』という集落があります。古くはマタギの村で、土地の名前はアイヌ語で“精霊の住む沢”を意味する“オヤシナイ”に由来します。この集落の上流には人が住んでおらず、常に冷たい水を引き込むことができる土地なので、本当においしい米がとれます」
 新政酒造ではこの鵜養の地で無農薬無施肥の米作りをして酒造りをすることで、伝統的な農業のやり方を見つめなおし、地域活性化につなげていくと話します。
   「会社のテーマは〝伝統文化を再構築する〟ということを掲げていましたが、現在は〝日本酒文化総合保護企業〟となることを掲げています」という佐藤氏。自社田での米作り、木桶造りの会社も今後設立していくということで、お酒造りに関わるあらゆる文化を保護することから、独自性のある日本酒が生まれ、地域の活性化にもつなげていく施策を語る講演となりました。

 

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 質疑応答の時間では、途切れることのない質問に対して、一つ一つ真摯に回答する佐藤氏。「ご質問させていただいた際、対話しながら丁寧に答えて下さり感謝の気持ちでいっぱいです」といった受講生からのお声も多数寄せられました。佐藤氏のご対応はじめ、中継にご協力いただき、遅くまで会社事務所にてご対応いただきました、新政酒造のスタッフの対応に魅了される時間でした。

 

結びに~講座を振り返って

 ワインは原料となるブドウの良し悪しがワインの出来に大きな影響を及ぼすことから、テロワールという考えがとても重要になります。各地の醸造家は、その土地で採れたブドウや、自前で作ったブドウを使い醸造していきます。むしろほかの地域から原料をもってきて醸造するのは、ヨーロッパでは等級が落ち、A.O.C.を名乗ることはできません。だからこそ、ロマネコンティをはじめ、限られたエリアで造られたブドウから醸すワインには付加価値が生まれ、よくできた年のワインにはさらに高値がついていくのではないでしょうか。
しかし、日本酒はというと、現在鑑評会でもっとも多くの賞を取っているのは「山田錦」を原料としたお酒であり、多くの酒蔵が大吟醸を醸すには山田錦を使用しています。山田錦を使用する理由としては、心拍が大きく麹をつくりやすいことから、香り高い吟醸酒を醸すのに良いという特徴はあるもので、消費者が山田錦のお酒がおいしいと感じる以上はそれを使うなとは言えません。
でも全国の酒蔵で同様に山田錦を使ったお酒を醸すだけでは、酒質に大きな差が生まれるとはいえません。ともすると、味わいよりもラベルで飲んでいるケースは往々にしてあるのではないかとも思います。
 近年では各県が食用米の品種改良と合わせて、県独自の酒米の開発にも乗り出していることから、今後は米の上ではいろいろなバリエーションが生まれてくるのかもしれません。ただ次の課題として佐藤さんがおっしゃっていた通り、造りに決定的な差があるわけではないことから、狭い範囲での争いになってしまっている現状は変えるのが難しいことの一つです。

 上記について、長くなりましたが、今回の講演では日本酒造りについてだけではなく日本文化そのものについて様々な課題を明確にしていただいた内容でした。
 お酒造りは土地の文化そのものを反映するものです。食文化、造り方、使う材料、人の営み。根源的なところを見直すことで、土地の文化を掘り起こし、独自性のある日本酒造りを考えていくことが、今後の日本酒造りのカギになってくるのだと認識しました。また地方に生きる人が伝統産業や土地を守りながら生活を営むにも一助があるものだと思います。
 「現在は使われなくなった造り方で、まだまだやりたいことはいっぱいあるんです」と仰っていた佐藤さん。まさに不易流行という言葉を体現し、ものづくりの根底を見つめるお酒造りから、来年はどんな日本酒が生まれるのだろうかと楽しみが膨らむところです。

 

パイオニアセミナーは年間通じ、定期的に開催しています。今後の詳細は、こちら
(https://wasedaneo.jp/waseda/asp-webapp/web/WNewsDetail.do?page=125)をチェックしてください。