WASEDA NEOでは2018年6月24日に、複業家/ポートフォリオワーカーとしてマスコミからも注目を集める中村龍太氏によるセミナーを開催しました。テーマは「複業」についてです。従来の「副業」とは、本業に加え生活していくためやお金を稼ぐためにする仕事で、副収入を得ることを目的としています。しかし、龍太氏が実践している「複業」とは、本業を複数持つことによって自分ならではの個性的な経験を積むことで、収入だけでなく、より多くのスキルや信頼を得ることを主な目的とすることを意味しています。今回はその複業を通じて独自のキャリアをデザインするワークショップを実施するとともに、新時代の働き方について講義をしていただきました。
<プロフィール>
複業家/ポートフォリオワーカー 中村龍太氏
1964年広島県生まれ。大学卒業後、日本電気(株)入社。1997年日本マイクロソフト(株)に転職し、複数の新規事業の立ち上げに従事。2013年サイボウズ(株)と(株)ダンクソフトに同時に転職、複業を開始。さらに、2015年にはNK アグリ(株)の提携社員として就農。現在は、サイボウズ(株)、NKアグリ(株)、コラボワークの3社に従事する。2016年「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」で副業の実態を安部総理に説明したエバンジェリスト(注1)として活躍中。
注1:IT業界で注目されている新しい職種、伝道師という役割を担う専門人材
セミナーでは、各テーブルでの参加者同士の自己紹介からスタートしました。複業に興味関心の高い参加者が多く集まったこともあり、龍太氏主導のもと、現在の仕事やこれから挑戦してみたい理想のワークスタイルなどについて話し合い、各テーブルで盛り上がりを見せました。
参加者の中には、大手人材派遣会社に勤務しながら市民団体を立ち上げ、シニア世代が生き生きと活躍できる社会を創りたいと語る男性や、龍太氏のように理想的な兼業農家を目指す人など、さまざまなキャリアや志向を持つ方々が参加しました。
平成26年度の調査(注2)では、副業を「積極的に推進している」という企業はなく、「推進はしていないが容認している」企業も14.7%に留まっており、多くの企業では伝統的に従業員の副業を認める組織風土を持ち合わせていない状況にありました。しかし、「働き方改革法案」と並行して副業の就業規則モデルが改正になった今、人生100年時代といわれるこれからの時代に合った今後の新しい働き方に注目が集まっています。
注2:中小企業庁 「26年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業 報告書 改訂版」より
そもそも、企業が従業員に副業を許さない社会的な忖度について、龍太氏は次の3つの理由を指摘します。
「私が週4日で勤務しているサイボウズ(株)では、複業を希望する社員に対して、『本業が疎かになったら、給料を下げますよ』というわかりやすい方針を提示している。そもそも副業とは社員個人がその能力を社外で生かす活動なので、会社がその個人の意思決定を縛るのはおかしいことです。では、なぜ副業を禁止している会社が多いのかといえば、これまで厚生労働省が示していた就業規則のテンプレートを単に踏襲しているからという理由にすぎないのです。例えば、経営者が集まる会に参加すると、就業規則はテンプレートを使用しているだけという話も聞きます。つまり、社員が副業を始めることについて、深く考察している企業が少ないのが現状でしょう」(龍太氏)
龍太氏が複業家の道を歩み始めたきっかけは、自分のこれからのキャリアを見つめた結果、やりたいことが5つも出てきたからだと言います。
「サイボウズ(株)に転職した時、収入が落ちた分を補填するための副業、すなわち、サイドビジネスを始めたことが、複業の道を歩み始めたきっかけです。そして会社員と個人事業主という働き方を複合させたのは、税理士からのアドバイスで『収入の手取り分を最大化させる』ことを勧められたからです。その結果、サイボウズ(株)では正規社員として固定給を得つつ、それ以外のサイドビジネスの収益は、個人事業主として扱っています。たとえば個人事業として撮影で使うドローンや農業関係事業で使う車は、仕事用だから経費になります。さらに、働き方の複合は、会社にもメリットがあります。複業先が個人事業主ではなく会社雇用である場合、『36協定』に関係して会社は従業員の就業時間を両者で管理する必要があるからです」(龍太氏)
この日、参加者の多くが関心を寄せたのは、いかに幸せな「複業」スタイルを築くかということでした。龍太氏は、「副業」と「複業」の違いを参加者に問いました。その違いについて、龍太氏は次のように説明しています。
(副業)
本業とは別に、生活していくためやお金を稼ぐためにする仕事。副収入を得るために働くことが前提。
(複業)
複数の本業を持ち、自分ならではの個性的な経験を積むことで、収入だけでなく、より多くのスキルや信頼を得るためにする仕事。すべての“価値創造活動”が対象となる。
“価値創造活動”は、日常に置き換えると、実は多くの人が実践しているはずだと龍太氏は指摘します。
「たとえば、誰よりも早くきれいにゴミ出しができて、それを人に教えることができたら、それは“価値創造活動”に含まれます。もしかすると、意識しなくてもすでに複業をやっているかもしれません」(龍太氏)
そんな複業の芽生えが、実は日常生活に潜んでいることに気づけば、パラレルワーカーへの道を切り開くヒントになるかもしれません。早速、龍太氏が複業の道を歩む上で実践したキャリアの描き方を教わります。
龍太氏は自身が複業できている理由として、「自分ができること」「相手(会社や顧客)がやってもらいたいこと」「自分がやりたいこと」のバランスを、自分なりに見極められているからだと語ります。
また、サイボウズ(株)での勤務以外にしているNKアグリ(株)や コラボワーク は、チャレンジングな企画や試みも多いため、すぐにマネタイズできないものもある反面、さまざまな可能性が秘められているといいます。複業するメリットについて、龍太氏は、一つの結果が二つ以上の組織の成果につながることを挙げています。
「新品種のリコピン人参『こいくれない』の栽培にサイボウズ(株)のクラウドサービス『kintone』を使ったことで、NKアグリ(株)では、ITを使って収穫予測ができました。一方、サイボウズ(株)側は、農業×ITで、社会にインパクトを与える自社のクラウドサービスの事例を作ることができました」(龍太氏)
龍太氏のような幸せな複業家を目指すために、これから自分のやりたいことを“見える化”するためのワークが始まりました。参加者全員、「自分ができること」「相手(会社や顧客)が期待すること」「自分がやりたいこと」の3つの円(ワークショップ)を描き、説明を加えていきます。
参加者それぞれの円のかたちが出揃ったところで、龍太氏はさまざまな解釈を付け加えます。「期待すること」は、会社員の場合は会社、自営業者の場合はお客さんに置き換えて考えます。会社員の場合、本業の会社に求められていることが小さくても、自分がやりたいこと、できることが大きくて、それが他の会社や組織で社会に役立つことができれば、それは複業に繋がるのです。
さらに、3つの円がどの程度かぶる状態が複業を実践する上で理想的かを講座内で詳しく説明して下さいました。そして、いざ自分が具体的な肩書きを複数持ったときの仕事の重ね方についても、講座内で貴重なアドバイスをいただきました。
講座の後半では、複業時に気をつけるべきことについても教えていただきました。企業と個人が「公明正大」を大切にすることで育まれる「信頼」だと龍太氏は語ります。
「複業をする上で、各社の情報の取り扱いには特に注意が必要です。たとえば、私が以前、大手部品メーカーから農業コンサルティングの依頼を受けたとき、そのことを複業先の2社に共有したくてもできないジレンマが生じました。この部品メーカーが私にコンサルティングを依頼してきた事業は当時まだ企画中であり、一般に公表していなったからです。やみくもに新たな複業に飛びつくのではなく、関連する企業の状況を考慮して丁寧に説明を行わなければ、どこからも信頼を失ってしまいます」(龍太氏)
実際に、龍太氏がこの農業コンサルティングの仕事を請ける際に、「すでに2社で複業をしていて、新しく仕事を請けることをその会社にも共有させていただきたい」とその部品メーカーにお願いしたそうです。するとその部品メーカーからは、「ここまでの情報は公開できますが、ここから先の詳細は秘密にしてください」と公開情報の線引きをした上で共有を許諾してくださいました。その結果、各社に可能な限りの情報を共有し、公明正大に仕事を進めることができたのだそうです。
参加者からも、「例えば副業先の会社役員としての立場で、本業の外注先からの仕事を請けた場合、その外注先との談合とならないようにするには?」などといった、参加者それぞれの立場やケースでの質問が出ました。これに対して龍太氏は、公明正大に仕事を進めるため実際に実践された対応事例を披露され、講座の雰囲気が盛り上がる一幕もありました。
産業革命から一世紀以上が経ち、これまで人間は機械に合わせて機能性を高めてきました。1990年代にはインターネットが普及し、現在は情報化社会といわれています。複業は、今までの常識があてはまらない、「情報社会」と「高齢社会」での働き方のひとつであると龍太氏は説明します。
「突き詰めると、私が本業も含めた複業に求めるものは、収入による“安心感”、それから他者の役に立てることでの“貢献感”そして、心が満ち足りている状態、気持ちいいとか、楽しいとかの“幸福感”の3つです。会社では経理という仕事の役割と求められる成果が定義されて、お給料を頂きます。ある会社の例ですが、その成果がでなかった場合は、叱られますが、成果を上げたところでそれは当然のことなので、会社からは「ありがとう」とは言われないという話を聞きます。本来は「ありがとう」の延長にお給料がありますが、それを経験できない本業の一例です。一方で、その経理能力を求められている場に行って、たとえそれがボランティア活動で収入を得られなくても、相手に喜ばれる経験で“貢献感”を得ることができます。本業では、お金による“安心感”、外に出て複業で社会貢献して得られる “貢献感”を別々に味わうのも、複業の醍醐味のひとつです」(龍太氏)
龍太氏が語る、“安心感”“貢献感”“幸福感”を求めて複業するときに、必要な資本は、次の通りです。
締め括りに、これらを自分年表に置き換えて、これからのキャリアを具体的かつ客観的に見つめるべく、バランスシートを使ったワークが行われました。環境変化を想定した上で、現在、そして2〜3年先の「金融資産」「人的資本」「社会資本」を書き込み、そのバランスをチェックしていきます。
こちらは龍太氏が作成したものですが、将来を見据え、パワーアップしたキャリア像が描かれています。実際に書いてみると、自分の現在の立ち位置とこれから目指したいキャリアプランが具体的に見えてきます。これからの新しい働き方を模索する上でも参考になります。
これからますます新しい働き方が広がる兆しがある今、複業を含めた自分のキャリアプランを見つめてみませんか?
WASEDA NEO 人生100年時代を生き抜く「人間再開発(Ver.0)」