講師 早稲田大学 理工学術院総合研究所 最先端ICT基盤研究所 鷲崎弘宜 教授(写真中央)
講師 早稲田大学 理工学術院総合研究所 鄭顕志 研究院准教授 主任研究員(右から二人目)
受講生 ジスクソフト株式会社 植松祥吾氏(写真左) 修了制作「優秀賞」
受講生 ホーチキ株式会社 矢頭岳人氏(写真左から二人目) 修了制作「最優秀賞」
受講生 富士ゼロックス株式会社 木村 努氏(写真右) 修了制作「優秀賞」
AI、IoT、ビッグデータ・・・情報技術をめぐる変化の速さは、日々開催される講演や講座の数からも推し量れます。WASEDA NEOでは、これらを体系的に学べる「スマートエスイープログラム」を開講しています。理論から実践まで120時間をかけて学ぶこのプログラム。第1期修了生の矢頭氏は、プログラムの受講を決めた理由を「他の教育プログラムと比較して、圧倒的に充実した内容であり、ここなら間違いないと思った」と言います。そしてプログラムを修了した今、「これほどの教育プログラムを作ってくださった鷲崎先生、鄭先生にまずお礼を言いたいです」と充実した日々を振り返りました。
文部科学省による平成29年度「成長分野を支える情報技術人材の育成拠点の形成(enPiT)」enPiT-Pro(*1)。そのプログラムに早稲田大学が代表校として採択され開講したのが、今回ご紹介するスマートエスイープログラムです。本プログラムの企画設計・運営を中心となって推進されている鷲崎教授、鄭准教授、そして第1期修了生の植松氏、矢頭氏、木村氏に、当該プログラムについて伺いました。
<講師プロフィール>
早稲田大学 理工学術院総合研究所 最先端ICT基盤研究所 鷲崎弘宜(わしざき ひろのり)教授
2003年、早稲田大学大学院理工学研究科修了、博士(情報科学)。早稲田大学研究推進部副部長、グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長、理工学術院基幹理工学部情報理工学科教授、国立情報学研究所客員教授、株式会社システム情報 取締役(監査等委員)、株式会社エクスモーション社外取締役。ソフトウェア、コンピュータプログラム、情報システムの研究、教育、社会実装に従事。enPiT-Proスマートエスイー 事業責任者、IEEE Computer Society Professional & Educational Activities Board Ad Hoc Committee Chair、ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenorほか。
早稲田大学 理工学術院総合研究所 鄭 顕志(てい けんじ)研究院准教授 主任研究員
———— スマートエスイープログラムでは何を学ぶことができますか?
鷲崎教授:超スマート社会が到来する現代において、システム&サービスを通じた価値創造をリードできる人材を育成するプログラムです。プログラムの構想を考えたときに、強く意識した点が2点あります。
演習中心に最先端ICT技術のフルスタックの体系的な学びであること
理論・技術だけでなくビジネス化までを視野にいれた学びであること
本プログラムでは、理論からビジネスまで網羅的に学べます(図1)。
図1
鄭准教授:プログラムの後半では、講義で学んだ技術を活用して受講生各自の課題解決に取り組む「修了制作」も行います。本講座に企業が社員を送り出される場合は「受講後、学びはどのように業務にいかされるのか」と思って当然でしょう。ですから、受講生が業務で抱えている課題などを解決するためのシステムやサービスを教員の指導を受けながら制作できるようにしています。
矢頭氏:私は、自分のキャリアアップのために社会人教育プログラムを探していました。特にスマートエスイーは、他のプログラムと比べて、講義の網羅性や質の高さが圧倒的であると感じ、先生方の気合が伝わってきました。
鷲崎教授:日本はもちろんですが、世界でも類をみないプログラムだと自負しています。
木村氏:私はIoTやビッグデータを活用して新たなビジネスをしたいと考え、様々な講座を受講した経験があります。ただ、それらの講座が、全体を俯瞰しているのか一部に特化しているのかは受講してもわからず困っていました。体系的に学べるプログラムができると聞いて全体像が把握できると思いました。
鷲崎弘宣教授
———— 講座にはどのような特長がありますか?
鷲崎教授:すべての科目を、大学の講師と企業の講師がペアで担当しています。早稲田大学の強みは、コンピュータサイエンス・ソフトウェア工学などの理論です。また早稲田大学に限らず大学は体系的教育の方法論も得意とするところです。一方で企業は実践面では大きな強みをもっています。そこで多くの連携大学・機関の方々に入っていただき、産学ペアで指導にあたっています(図2)。
図2 2018年度連携大学・機関一覧
鄭准教授:修了制作はマンツーマンで2ヶ月かけて指導します。企業で起こる課題は、多くの要因が複雑に絡み合っています。政治的な要因、社員の心情なども関係していることもあります。それを、「課題は何か」「解ける問題にどのように落とし込むか」「問題を解決する」「第三者が価値を感じるか審査を受ける」というプロセスに落としこみ、教員がマンツーマンで指導します。コンサルティングに近いと思います。ここでの第三者とは指導した教員以外のスマートエスイー教員2名のことで、修了制作の審査員を務めます。
鷲崎教授:6ヶ月間で120時間の授業を履修する本講座は、学校教育法第105条が定める「履修証明プログラム」であり、修了者には所定の履修証明書が交付されます。また本履修証明プログラムは平成30年12月現在、文部科学省による「職業実践力育成プログラム」(BP)(*2)にも認定されています。
鄭准教授
———— どのような受講生を対象にしていますか?
鷲崎教授:情報関係の知識・技術をある程度お持ちの方を対象としています。IoT、AI、ビッグデータといった高度な情報技術を活用して、新たな価値を切り開いていきたい方、また、そういう方を育てたいと考える管理職の方にも是非受講していただきたいと考えています。網羅的な一通りの知識をもってマネージメントするか否かで、その組織の成果は大きく違ってくるはずですから。
———— 今後はどのような展開を考えていますか?
鷲崎教授:第1期生を送り出して、受講生へのアンケートをとり、大多数の方にご満足いただけました。そのうえで、技術環境や受講生の要望も変化していくと思いますので、継続的に改善し続けていきます。超スマート社会に向けたニーズは、本質は変わらないけれど、表面のところはスピーディに変わっていきます。変わらないところ・変わるべきところをしっかり見極めていきたいです。
木村氏:学会、業界のトップレベルの先生方を鷲崎先生が集めてくださったのだと思います。講義を受けても「え?こんなに!!」という高いレベルから始まった講義もあります。受講生からのアンケートに「難しかった」という意見があったかもしれませんが、安易に迎合するのではなく、このレベルをこれからも維持してほしいと私は期待しています。
鷲崎教授:来年度からは留学生とスマートエスイーの受講生が交流する「グローバル開発実習」も開講する予定です。海外に積極的に出ていく姿勢も育んでいきたいと考えています。
植松氏:確かに英語でのビジネスコミュニケーションには苦手意識があります。経験を積むことが重要だと思います。
鷲崎教授:また、このプログラムが成功だったかどうかは、修了生がこの学びを糧に活躍してこそだと思っています。ですから、修了生も集える場としてのコンソーシアムを2018年度中に立ち上げる予定です。修了生アンケートでは「大学院に進学したい」「共同研究をさらにしたい」という声も多数ありました。こういった点も含めて、大学が企業他と連携して立ち上げるコンソーシアムにおいて人材育成について調査・研究する役割も担っていきたいです。
矢頭氏:コンソーシアムの立ち上げを、私も楽しみにしています。修了生が業界をどう盛り上げているのかを情報共有したいですし、私もその一端を担っていかなければと思っています。
修了生の木村氏(左)植松氏(中央)矢頭氏(右)
———— 受講したきっかけは?どのような目的で受講しましたか?
植松氏:私は会社の上司から受講を勧められました。弊社でもIoTのシステム開発を推進しようとしています。ただ、社内に経験者がおらず、勉強会を立ち上げたものの、何から学べばよいかわからない状況でした。独学で個人的にIoTデバイスを使った開発をした経験はあるのですが、やはり、系統的に学びたいと思いました。
矢頭氏:私は、組込みソフトのエンジニアをしています。組み込みソフトのエンジニアとして生きていく分には全く問題ないのですが、そこからキャリアの幅を広げようと教育プログラムを探していました。鷲崎先生の気合を感じ、説明会に参加しました。
木村氏:私は新規事業を立ち上げるための技術を作る仕事をしています。弊社もIoTやビッグデータなどの新しい技術を活用した事業を検討しています。そこで世の中にある新しい技術を知るために、セミナーや講演などを受けてみるのですが、はたしてこの講演内容は本物なのか、全体を俯瞰しているのかが判断できないのです。スマートエスイーは全容を見られるようにプログラムされているところが魅力的でした。
植松祥吾さん 修了制作「優秀賞」
———— 講義を受けて率直な感想は?
木村氏:私は期待通りでした。自分が知っているところ、知らないところがわかり、全体を見るために何を学ばなくてはいけないのかがわかりました。全体が見えていないと、自分ではすごいものを作ったと思っていても、お客様からは「ここは全然できていない」とか「こう使っていると壊れた」と言われるかもしれません。全体を俯瞰できて初めて、長く続く技術を出していけるのだとわかりました。
植松氏:期待以上です。正直なところ、消化不良なところも部分的にはあります。短い期間で網羅的に学ぶのは、やはり大変です。業務との兼ね合いもありますし。
矢頭氏:実際にはクラウドやAIなどほとんどの科目がそんなに簡単にマスターはできるものではありませんが、受講したことで、理解するための土台ができたと思っています。大学ならではの「理論」を身につけられたので、今後、流行りのキーワードなどが変わってきたときに、それが「既存の技術の組み合わせだ」、「単なる延長だ」などと気づけると思います。
木村氏:網羅的な分野からレポートを課されるので理解が深まりました。
矢頭氏:私含めてみなさんもレポート課題が積み上がり、ちょっと追い詰められていた感覚がありましたが、それが受講生同士で不思議な連帯感を生みだしますよね。会えば「レポート課題どうですか?」から会話が始まり、ヒントを教えあったりして...
木村氏:人生、これくらい苦しい期間がないと頭に入らないと思います。ただ、「講義を聞きました」で終わるのではなく、講義内容をかみ砕いて演習に取り組むことで、身につくのではないかと思います。これを10ヶ月やれと言われたら続かないと思います。
矢頭氏:平日週1回18時20分から21時30分、土日どちらかで9時から16時30分までという感じの生活が3ヶ月くらい続きました。講義時間と同じくらい課題のための時間も必要でした。
植松氏:たしかに、睡眠時間を削ることもありますし、長くは続けられないと思います。集中的に学べるというのは、やはり良いところでした。
木村氏:苦しいけれど、一時頑張れば、すぐに効果が感じられます。実務レベルにすぐに落とし込めますから。長くじっくり取り組みたい方は、大学や大学院に入学するという方法もあると思います。
植松氏:具体的な講義に関しては、スマートIoTシステム開発実習が特に印象に残っています。グループで、アイデアを出し、ターゲット顧客や分担を決めて取り組みました。私は、日常業務では個人で仕事をすることが多いですが、他社から来ている方々と一緒に課題に取り組むことができて、とても新鮮で楽しかったです。実務にすぐに応用できそうな考えなどを受講生からも学べました。
矢頭氏:私は、別の意味で新鮮でした。私が携わっている業務では改良開発が多く、ゼロから作り上げる経験はなかなかできません。制約が一切なく「自由に考えてください」と言われ、短期間で、落としどころを見つけて完成させなければならないのです。全然違う業種・年代の方、つまり、これまでに見てきたものが全く違う人たちとゼロから組み立てる作業は非常に新鮮でした。
木村努氏 修了制作「優秀賞」
———— 修了制作はどのように進めましたか?
植松氏:私の修了制作のテーマは「強化学習を用いた光の自動追尾システムの開発~ひまわりシステム~」です。東京学芸大学の今井慎一先生にご指導いただきました。テーマは、職場で出された何気ない提案を検証するようなものになりました。「高価な装置をIoTのデバイスで置き換えたら、作業がスムーズに進捗すると思うのだけど、どう思う?」と問われたのです。普段はなかなかIoTに関係する業務はないので、IoTシステムに使えるセンサーやその制御デバイス、回路図についての知識を持ち合わせていませんでした。そこを今井先生にマンツーマンで教えていただけたのはとても有意義でした。
木村氏:私も業務に直接関係するテーマに取り組みました。テーマは「システムモデリング技法を活用したIoTシステムのアーキテクチャ設計(機能要件/アーキテクチャ設計)」です。同じ職場から一緒に受講していた同僚と二人で修了制作をしました。吉岡信和先生(国立情報学研究所)と鄭先生にご指導いただきました。当初、同僚とは、違うテーマに取り組もうとしましたが、2つのテーマを融合したほうが効果が高くなるとアドバイスされました。職場の上司から「プログラムで学んだことは業務に落とし込まないと役に立たない」と言われていたので、業務に直結するテーマを設定し、修了制作の続きを今も本業で続けています。修了制作の発表会では、秘密保持に配慮した方法をとらせていただきました。
矢頭氏:私は他社の方と2人で修了制作をしました。他社の方とも共通の問題意識をもてる上流設計にフォーカスしました。「IoTプラットフォームビジネス・エコシステム構築手法の提案」が修了制作のテーマです。指導していただいたのは、北陸先端科学技術大学院大学の内平直志先生です。内平先生は品川キャンパスにいらしたので、週に1回程度、品川キャンパスに集まってご指導いただきました。集まれないときには、Skypeでディスカッションしたこともあります。内平先生に熱心に指導していただいたことはもちろんですが、審査会で鄭先生に改善点をご指摘いただけたのも貴重な機会でした。またもう1人の審査員をしてくださった吉岡先生は、専門がすこし離れた分野でしたが、そのような方には、どのように説明すれば伝わるのかと考えることができ、大変勉強になりました。
矢頭岳人氏 修了制作「最優秀賞」
鷲崎教授:IoTやAIといったキーワードをニュースで目にしない日はなく、「このままでは時代に遅れますよ」といった脅し文句も聞こえてきます。そんななかで、しっかりと、理論に裏打ちされ、一流の体制と体系が整った中、演習中心にビジネスまでの接続・価値創造を含めて学びを修めることは大切だと思います。我々の考えられる限りを尽くしているこのスマートエスイープログラムは良い選択肢となり得るのではないでしょうか。
鄭准教授:働きながら学ぶのは大変だと思います。独習やオンラインも1つの学び方だとは思いますが、同じ志をもつ人たちが日本橋駅直結のキャンパスに集まって学ぶというのもなかなか得難い体験だと思います。一歩足を踏み出して学んでみると、また違った世界が見えてくるのではないかと思います。
矢頭氏:理論と実践を通じて、しっかりとした幅の広い土台が作れたと思います。様々な業界の人と意見交換もできます。自分の得意分野からほかの分野へどう結びつけようかと思っている人には特におすすめです。やりたいことも広がりますし、多様な考え方にも触れられます。
木村氏:私は入社して20年以上になります。AIやIoT、ビッグデータと世の中が大きく変わろうとしているときに、これまで培ってきた知識や経験はどの程度役に立つのかを知りたくてプログラムに参加しました。勉強してみると、案外、基礎的なことはあまり変わっておらず、これまでの技術をどのように活用していくかというのがAIやIoTなのだと気づきました。「昔学んだ組込みは今も一緒だけれど、IoTでは使い方が違うんだな」、「画像処理に使う拡大・縮小・圧縮・フィルタリングはAIでも似たようなことをやっているな」など、要素技術は昔からの技術なのではないかという印象を受けました。ベテランの方も「自分の知識は役立たない」ではなく「さらにどう活用するか」という意識で参加されてみてはいかがでしょう。
植松氏:若手としては、いずれ、どの領域も勉強しなければならないことだと思うのです。それを一人で全て学習しようとすると、とても時間がかかってしまいます。本プログラムを受講することで、効率よく学べると思います。ある領域で壁にあたったときに、そこが得意な方に聞いて解決したという経験もたくさんしました。
来年度からは今年よりも開講する講座が増えるようなので、どこかを重点的に学びたい方も検討してみてはいかがでしょう。「短期間、気合を入れて学びたい」という方にぜひ受講してもらいたいプログラムです。
————どうもありがとうございました。
(*1)文部科学省「成長分野を支える情報技術人材の育成拠点の形成(enPiT)」enPiT-Pro
[文部科学省HP]
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/enpit/1395904.htm
スマートエスイープログラムは、2018年度(初年度)は6月開講でしたが2019年度は4月に開講します。
2019年度の募集は2019年1月より開始しています。
(*2)「職業実践力育成プログラム(BP)」
[文部科学省HP]
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/bp/index.htm
大学等における社会人や企業等のニーズに応じた実践的・専門的なプログラムを、職業実践力育成プログラム(BP)として文部科学大臣が認定しています。