部下も上司も、生徒も先生も。万人に求められる「権限なきリーダーシップ」

インタビュー 2019/1/7

WASEDA NEOで開講している『21世紀のリーダーシップ開発』講座は、組織開発の分野においても注目を集める「権限なきリーダーシップ」を体系的に学べる講座です。約4ヶ月間で120時間の授業を履修する本講座は、学校教育法第105条が定める「履修証明プログラム」であり、修了者には所定の履修証明書が交付されます。また本履修証明プログラムは平成30年12月現在、文部科学省による「職業実践力育成プログラム(BP)」※にも認定されています。

 

※「職業実践力育成プログラム(BP)」とは:
大学等における社会人や企業等のニーズに応じた実践的・専門的なプログラムを、職業実践力育成プログラム(BP)として文部科学大臣が認定しています。
[文部科学省HP]
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/bp/index.htm

 

講師の一人である、日向野幹也教授は早稲田大学の全学部学生に向けたリーダーシップ開発プログラム(LDP)の統括責任者を務めるリーダーシップ開発の第一人者です。

本講座の第1期修了生、原田謙太郎さんは株式会社ビームスの人事本部で人材開発を担当されています。本講座を受講して社会のとらえ方までもがガラッと変わったそうです。日向野先生と原田さんに、講座に込めた想いや本講座での学びや仕事における変化などについて詳しくお伺いしました。

 

<プロフィール>
日向野幹也
早稲田大学 大学総合研究センター教授。東京大学経済学部卒業、同大学院博士課程修了。経済学博士。2006年よりビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)立ち上げに参画。2011年日本アクションラーニング協会年間賞、2014年世界アクションラーニング機構アカデミック部門年間賞、2017年早稲田大学ティーチング・アウォードなど受賞多数。著書に『大学教育アントレプレナーシップ』『高校生からのリーダーシップ入門』など。最近の新聞連載として、日本経済新聞 やさしい経済学『変わるリーダーシップ』(2018年10-11月)がある。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO36579120X11C18A0KE8000/

 

原田謙太郎
株式会社ビームス 人事本部人材開発部係長。1998年に日本電信電話株式会社(NTT)​へ新卒入社。2000年に株式会社ビームスへ転職。販売職から店舗マネジメントを経て、2011年に人材開発部へ異動。キャリア自律とリーダーシップ開発をリンクさせた年次研修制度や、経験学習に紐づいた5者面談の仕組みなどを構築。現在は人材開発部の責任者として、大学や他組織との連携といった、これまでの研修施策だけにとらわれない、新しい人材育成の可能性に挑戦している。

 

21世紀のリーダーシップ開発とは

————“21世紀のリーダーシップ”とは、どのようなリーダーシップですか?

 

日向野教授:グローバル企業を中心に、1980年代から「役職も権限もない人もリーダーシップを発揮すると、組織の成果はぐっと上がる」という考え方が出てきました。それ以前は、リーダーシップはカリスマ性がある人、権限のある人がとるものだと考えられていました。90年代になるとアメリカの大学のリーダーシップ開発に「権限なきリーダーシップ」の考えが反映されるようになります。日本に入ってきたのは、21世紀になってからなので、本講座も「21世紀のリーダーシップ開発」という講座名にしています。

 

————「権限なきリーダーシップ」という言葉を聞いたことがある人は、徐々に増えてきているのではないでしょうか。

 

原田氏:「権限なきリーダーシップ」という言葉は、人材開発にかかわる多くの方が知っていると思います。私も日向野先生の著書を読んで、「権限なきリーダーシップを修得したい、社員に伝えられるようになりたい」と受講を決めました。

 

 

————履修証明プログラムとはどのようなプログラムですか?

 

日向野教授:学校教育法に基づく、社会人等を対象とした一定のまとまりある学習プログラムのことを指します。履修証明制度ができるまでは、社会人が大学で学びたければ「科目等履修生」として1科目ずつ授業料を支払って受講する、といったシステムしかありませんでした。履修証明プログラムは、大学の教育資源を活かしたカリキュラムのもとで、体系的な知識・技術等の習得を目指します。総時間数は120時間以上なので、大学の半期の授業約5コマ分(1コマは90分講義×15回)と同程度です。学位はありませんが、修了者には「履修証明書」が発行され、履歴書などにも記載することができる学習歴になります。
原田氏:講義時間外にも、関連する本を読んだり、課題に取り組んだりしますから、かなりみっちりと勉強できました。

 

————どのような目的で、どのような方を対象にした講座ですか?

 

日向野教授:本講座を受講した後、「自分でリーダーシップを発揮できる」さらに「他者にリーダーシップを指導できる」ように講義を組み立てています。というのも、これから日本中でリーダーシップ開発への需要は高まってくるはずです。そうなると、リーダーシップを教える人材が不足します。ですから、「他者のリーダーシップバランス」まで学べるようにしています。おそらく他者のリーダーシップを開発することまで学べる講座は本講座以外にないでしょう。
既に、中学・高校・大学でリーダーシップ開発に取り組む学校が増えてきています。今後、リーダーシップ開発を受けた生徒・学生が社会に出てくるはずです。そういう人達がもつリーダーシップ力をうまく活用できる人材も求められます。そういう意味でも、想定する受講者は企業の人材開発を担当する人や、中学・高校・大学の先生です。もちろん、自身や他者のリーダーシップ開発に興味を持つ方もウェルカムです。

 

原田氏:たしかに、受講者にはそのような方が多かったですね。

 

日向野教授:自分の業務を持ちながら、必要とされたときにリーダーシップも開発できるという意味で「パートタイムリーダーシップ開発者」がこれから求められるようになっていきます。

 

原田氏:私は、パートタイムリーダーシップ、つまり“長いスパンで社会に対してリーダーシップを提供し続けられるようになる”ための講座というのは一体どんなものだろうと思ったのも受講のきっかけになりました。

 

 

 

なぜリーダーシップを「学ぶ」のか

————リーダーシップとは学べば発揮できるようになるものですか?

 

日向野教授:リーダーシップには3つの要素が必要とされています。<目標共有><率先垂範><相互支援(同僚支援)>です。
たとえば、ごみであふれている砂浜があるとします。「ごみが無くなったらきれいになってすごい!そう思わない?」と誰かと<目標共有>します。ただ、自分には命令や指示をする権限は無いので、自分でやって見せます。誰かが見ている前で楽しげに<率先垂範>します。ここで済む場合もありますが、「一緒にやろうよ」と手伝ったり、道具を貸して支援してもらったりすること、それが<相互支援(同僚支援)>です。
この3要素は「リーダーシップのチェックリスト」です。いずれかが欠けているかというチェックだけでなく、どれが得意で不得意か、不得意な要素はほかの得意な人に頼む、といったチェックもできます。

 

原田氏:日向野先生の言葉で「面白いな」と思ったのは、コミュニケーションがうまくとれないとき、リーダーシップに当てはめて分析すると解決の糸口が見えてくるというのがありました。

 

日向野教授:そうですね。たとえば、仕事をしていると「あの人とはどうも相性が悪い」というのは誰にでもあります。その人との間で成果があがらないときに「どちらかに、あるいは両方にリーダーシップが足りない」というだけの場合が多くあるのです。
この講座を受ける前と後とでは、人間関係や組織のとらえ方もまったく変わってきます。私自身もリーダーシップを身に着けてから、急に意識的にリーダーシップを取れるようになりましたし、社会や家族関係の見方もがらっと変わりました。

 

原田氏:たしかに私も受講前は個人や会社内への効果を考えていましたが、受講後は、日本や社会など広いところまでリーダーシップの視点で見つめるようになりました。受講して、幅広い「リーダーシップ」というスキルを身につけられたと感じています。

 

————ビジネスの現場で、リーダーシップの効果を感じているという声は聞きますか?

 

日向野教授:リーダーシップを歓迎する企業というのは、環境が大きく変化している企業が多いです。環境が変化していると、誰もが「それは私の仕事じゃない」と感じる業務が発生します。そのとき、リーダーシップを発揮しないと誰もその業務に取り組むことがないため、変化に適応できないのです。

 

原田氏:たしかにそうです。弊社はセレクトショップなので、時流に意味づけをして世に発信していくという仕事をします。「今」を柔軟にとらえていくのに受け身では仕事になりません。また、組織が大きくなってくると、「自分の仕事はここまで」という枠に閉じこもりがちなので、まさに社員全員がリーダーシップを身につける必要があると感じています。

 

 

社会人が大学という学び舎に集う意義

————具体的に、何をどのように学ぶことができますか?

 

日向野教授:まず、理論を学びます。次に、これまでの経験をリーダーシップという枠組みから分析します。「実は、あの人とのあの経験はリーダーシップだったな」「あのリーダーシップがうまくいったのは、こういうことだったのか」など経験を理論で翻訳する作業です。「自分にはリーダーシップは向かない」と思っている人も、理論を学んでから経験を深堀りしてみると、意外とリーダーシップを発揮している場面が見つかります。理論と経験がうまくリンクする、ということを重視しています。

 

原田氏:まさにおっしゃるとおりです。①本を読んで理論を学ぶ②講義内で過去の経験に意味づけをする③職場にもち帰って実践してみるというサイクルを、高速でまわし続けるようなプログラムでした。 講義のなかでは、リーダーシップを学ぶ早稲田大学の現役学生とグループワークを行うセッションもありました。社会人の私たちが、実際に職場で感じている課題を提供して、現役学生が課題解決を「アクションラーニング」の手法でディスカッションしてくれました。

 

日向野教授:アクションラーニングというのは、「質問によってリーダーシップを発揮できる」ということを体験してもらう手法です。講義のなかでは“質問会議”と呼んでいました。説得や論破などのコミュニケーションでは態度変容を引き出すことは難しいのです。そうではなく、質問を活用して相手のモチベーションを引き出していく影響力を及ぼすことで、結果的にリーダーシップをとれるようになるものなのです。この手法を覚えると、上司や親などの権力を持つ人に対してもリーダーシップを取れるようになります。

 

原田氏:最初はアクションラーニングについてよく理解できていませんでしたが、その理論が書かれた本を読み実践をしていくことで、「そういうことだったのか」と理解が深まりましたし、受講者だけで行ったアクションラーニングのグループワークでは、受講者がそれぞれの職場でかかえる問題をもち寄るので、視野が広がりました。特に、高校の先生がどのような問題を抱えているかなど、この講座に参加していなかったら知り得なかったと思います。「高校の先生の問題を、自分の職場に当てはめたらどうなるか」と考え、自分の職場での経験をふまえた提案をしましたが、これまでの自身の経験を整理し言語化できることも、様々な組織から受講者が集まるこの講座のメリットかもしれません。

 

————どのような成果を感じましたか?

 

原田氏:受講者は、リーダーシップを発揮できるようになる“極意”のようなものを期待して集まったのではないかと思いますが、結局、最終的なゴールというものはありません。そこでは、自分の経験をどう意味づけするのかを問い続けながらリーダーシップを学んでいきます。学びながら、前に進もうとする。この講座で「一生ものの学び方を学んだ」という気がします。

 

日向野教授:それこそが“生涯学習者”なんです。ずっと教師に教えてもらうのではなく、最初に方向付けをしてもらったら、あとは自分で学び続ける。モチベーションの維持も学習方法の選択も自ら行うのです。リーダーシップを発揮する場面は次々に出てきますから、方向付けをしっかり学ぶのにぴったりの題材です。

 

原田氏:急遽、日向野先生が来られなかった日もありましたよね。でも、リーダーシップについて学んでいたのが功を奏したのでしょう、「先生が来られないなら、これまでの疑問点や深めたい点を自分たちで深めよう」とリーダーシップをとる人、支援する人が現れて、とても有意義な時間となりました。これはとても印象的な出来事でした。

 

日向野教授:あのときは意図して休んだわけではないのですが、実は、リーダーシップ開発の手法として「サイレントクラス」というものがあります。教員がいなくてもリーダーシップを身につけた受講者集団なら、遊んだりせず、自分たちで自分たちの学びを深められるのです。

 

————受講者と先生でFacebookグループを作り、課題について疑問点を投げかけると先生からも受講者からもコメントが受け取れる、というのも、常にリーダーシップを発揮しあえて学びにつながりそうですね。最後に、受講を考えている方にメッセージをお願いします

 

日向野教授:私のゴールは、全国の高校、全国の大学、とにかくすべての高校・大学に当たり前のようにリーダーシップ科目がある状態です。先ほどお話したとおり、そのためにも「パートタイムリーダーシップ開発者」の存在がますます必要となります。高校・大学の先生、そして企業などのリーダーシップ開発に興味のある皆様、「権限なきリーダーシップ」を一緒に広げていきましょう。

 

原田氏:これから広げていくという、同じ船に一緒に乗っているような感覚が非常に面白いと思っています。毎回のように課題も出ますので、それなりに周囲の理解が必要かもしれませんし、そもそも通いきれるのか心配な方もいるかもしれません。しかし、受講前後でものの見方が大きく変わりますし、一生もののスキルが身につきます。ぜひリーダーシップを広めていく仲間になっていただけたらと思います。

 

————どうもありがとうございました。