【イベント】世界初は「顧客目線」と「探究心」が生む

インタビュー 2019/2/15

2018年11月29日に開催したパイオニアセミナーでは、「消費者目線で開発した、世界初『服薬補助ゼリー』」をテーマに、株式会社龍角散執行役員開発本部長の福居篤子氏にご登壇いただきました。

 

かつて病院で薬剤師をしていた福居氏。龍角散に転職し、持ち前の行動力を発揮して世界初の『服薬補助ゼリー』の開発に成功します。その後、古い体質の組織との軋轢が生じ、左遷されるという辛い時期を経験しながらも、見事、同社初の女性執行役員に就任されました。

 

福居氏のバイタリティや行動力がどのように発揮され、さまざまな新しい商品を生み出したのでしょうか?また、辛い時期を乗り越えるための独自のマインドセット法とは?

当日のセミナーから抜粋して紹介します。

 

 

(プロフィール)

株式会社龍角散執行役員開発本部長薬剤師薬学博士

福居篤子氏

1988年に第一薬科大学薬学部薬剤学科卒業。福岡徳洲会病院にて臨床薬剤師として勤務。1991年に龍角散に転職。同社研究所で薬品分析や製剤などに従事し、「嚥下補助ゼリー」「龍角散ダイレクト」「龍角散ののどすっきり飴」の開発を手がける。2008年に名城大学大学院で博士(薬学)を取得。2010年より現職。日本薬剤学会「旭化成製剤学奨励賞」、公益社団法人発明協会「発明奨励賞」、「A’Design Award Silver賞」など数多くの受賞歴がある。

 

「飲みやすい薬を作りたい」という熱意で薬剤師から製薬メーカーへ

 

現在、龍角散の開発本部で、商品企画から製造、マーケティング、検証に至るまでを管轄する福居氏。福居氏が龍角散に転職したのは、「飲みやすい薬を作りたい」と思ったことがきっかけだといいます。前職で薬剤師をしていたときの病棟でのエピソードを次のように語ります。

 

「回診で医者の前では『大丈夫です』と笑顔で答える患者さんに後から聞くと、『こんな薬、苦くて飲めないよ』と本音を漏らしていたのです。薬を患者さんに飲ませる立場から、『なぜ製薬メーカーは患者のことを考えずに、こんなに大きくて苦くて飲みにくい薬を作るのだろう?』といつも思っていました」

 

そんなきっかけから龍角散へ入社した福居氏は、イノベーションともいえる数々の商品の改良や開発を手がけ、現場経験を生かした、“患者思い”のアイデアをかたちにしてきました。まずはその商品開発の背景について語られました。

 

顧客目線で、看板商品に次々と革命を

 

文字通り、看板商品である『龍角散』。顧客目線のアイデアで進化しています。飲んだことのある方ならお分かりかと思いますが、これまでは粉末が微細なあまり、付属のスプーンから離れにくい欠点がありました。そこで福居氏は、穴の空いたスプーンに変更することできちんとすくえて、飲むときに粉が落ちやすいように改良しました。

 

また、水なしで飲む顆粒タイプの『龍角散ダイレクトスティック』の開発の経緯について、「微粉末の龍角散は、副作用もなく、とてもいい薬なのですが、とても苦い薬で私は飲めないと思ったので、飲みやすい商品開発に着手しました」と振り返りました。

 

最初に作ったのはスティックタイプのピーチ味でした。開発当初、社内では、「お菓子じゃあるまいし」という反発があったものの、飲みやすさから一躍好評となりました。その後、苦いといわれていたトローチにマイクロビーズを取り入れ、シュガーレスなマンゴー味の開発にもつながったそうです。

 

臨床薬剤師の現場経験から生まれた世界初の『服薬補助ゼリー』

 

 

そして、福居氏が広く評価されることになったのが、世界初の『服薬補助ゼリー』の開発でした。薬剤師時代、老齢のためや筋力が衰える病気などで嚥下(えんげ)障害のあるさまざまな患者を目の当たりにしてきたそうです。「薬が飲みづらい人がたくさんいること」は福居氏にとっては常識でしたが、これまでにはない商品カテゴリーである『服薬補助ゼリー』の開発には、多くの壁が待ち受けていました。古い考え方に凝り固まった社内の人たちからは、「市場やニーズがない」などと否定されたといいます。

 

そのため、社長を連れて介護の現場を見に行き、老齢になるとそれだけで筋力の衰えから嚥下障害が生じる現実を理解してもらい、「明日は我が身だ」と納得させることに成功しました。さらに、さまざまな実験データを用いてゼリーの安全性をアピールします。

 

しかし、ようやく開発が始動したものの、前例がない製品のため物性の目標値がないということで、厚労省から薬事法違反の勧告を受けたこともありました。そこで福居氏は、医療従事者への説明や啓蒙活動を進め、医師会や薬剤学会などで粘り強く『服薬補助ゼリー』についてプレゼンを続けました。さらに、「薬は水や白湯で飲むもの」という一般常識を越えて、「でも、むせてしまう。薬だけ残ってしまう」という問題をさまざまな実証データで明らかにし、『服薬補助ゼリー』の効果について説明を重ねていったのでした。

 

なぜ水では服薬が難しいのか?

 

実は、老齢ではなくても服薬が難しい根本理由があると説明する福居氏。「霊長類研究所で勉強したのですが、人は気道と食道が交差していて、話すことと引き換えに飲み込むことが苦手になったそうです。飲み込む動作は反射的なものでなかなか鍛えられません。嚥下障害にならないためにも、のどにはなるべく負担をかけない方がいいのです」。薬を飲み込んだとき、タイミングを間違えればむせるし、水には固体を押し込む力が不足していて、水だけが流れていき、のどへの付着、滞留が起こるといいます。

 

セミナー会場では、ラムネやきなこ入りの「服薬補助ゼリー」が配られ、参加者全員が試飲させていただきました。すると、驚くほどストレスなくスムーズに飲み込むことができました。ラムネやきなこそのものの味もほとんど感じません。加えて、シュガーレスのせいか、後味もすっきりしていました。

 

水とゼリーそれぞれの服薬しやすさを比較するために、のどへのストレス、粗悪類似品との服薬比較、錠剤の大きさ別に飲み比べるなどの膨大な実験を通じ、『服薬補助ゼリー』の安全性、有効性を実証してきました。「コップ1杯(50ml)の水で錠剤を飲むと、水だけが先に流れ、85%は錠剤が食道に残ります。その点、カレースプーン1杯程度(15ml)の服薬ゼリーの場合、ゼリーが薬を包んでいるのでスムーズに食道を通過します。また、水より比重が重いのでするっと胃に入ります。薬が苦いことで戻してしまうケースも解消できますし、多剤服用、糖尿病、腎疾患などで水分制限が必要な方にも対応できます。パーキンソン病患者の場合、水での服薬により、むせて強制吸引する事態になることもあります。そんな患者さんが『服薬補助ゼリー』で服薬したところ、難なく飲めたという報告も受けています」。

 

 

社内のヒットメーカーから一転、左遷の憂き目に

 

『服薬補助ゼリー』の開発に成功し、数々のヒット商品を生み出し、順風満帆に見えた福居氏のキャリアでしたが、ある日突然、これまでの仕事を奪われる事態に陥ります。まさに、福居氏にとって青天の霹靂(へきれき)の出来事だったといいます。その“左遷劇”について、福居氏は次のように振り返ります。

 

「当時の社内は、女性が生きていくにはしんどい、保守的な男性社会でした。大きな機械や精密機器など女性がさわってはいけない、入ってはいけないとされる場所に私はどんどん入って、さわっていました。そうした好奇心やアグレッシブさが、社内では台風の目として仇となり、社長交代時のゴタゴタやクーデターに巻き込まれる結果となりました」

 

福居氏は、これまで経験のない部署に突然配属され、「こんなにがんばったのになぜ?」と戸惑いや憤りを感じたといいます。しかも、あからさまに「(福居氏が)まだ辞めません」と目の前で報告される日々が続くつらい状況に置かれました。しかし、福居氏は腐ることなくこの逆境をバネに、ポジティブに思考を転換させます。

 

「異動先では何もしなくていい状況になってしまったので、そのことを逆手にとり、『それならばいろんなことができるぞ』と考えました。これまで不得意分野だった英会話を定時退社で17時半からフルで受講し、これまでに足りない知識を埋めるために、週末に名古屋の名城大学に通って、製剤学を学ぶようになりました」

 

名古屋の大学を選んだ理由は、福居氏が尊敬する薬学博士砂田久一名誉教授がいたから。恩師の砂田名誉教授とはその後も交流が続き、現在、龍角散の顧問を務めているそうです。

 

なぜ福居氏は逆境に負けなかったのか?

 

 

福居氏のお話をひと通り聞き終えた後の質疑応答では、左遷された2年間とその後の復活劇、逆境にくじけないスタンスについて質問が集中しました。その一部をご紹介します。

 

Qどうやってさまざまな逆境を乗り越えたかについて教えてください。(受講者Aさん)

 

福居氏:ポイントは、“怒り”と“愛”ですね。それがないと生きていけないし、自分が作った商品は我が子同然のように愛しています。もちろん、商品を企画してもなかなかOKを出してくれない上司など、壁にぶつかるたびに怒りが湧いてくることがあります。その対処法として抵抗勢力である相手と“口喧嘩する”という手段もありますが、生み出した商品をかわいい我が子だと思うと、冷静に対処することができました。

 

Q古い体質の男性社会で、女性だから得した・復活できたのでしょうか?(受講者Bさん)

 

福居氏:もちろん、女性だから得することはたくさんありました。一方で悪い面は、会社で活躍することで男性からの嫉妬に遭うことです。同期男性よりも先に私が主任になったとき、翌日からあからさまに食事に誘われなくなったことがあります(笑) また、同じ仕事をしていても男性は褒められるのに、私が同じことをやっても褒められないこともありました。だからこそ、いつも100倍がんばろうと思い、奮起してきました。

 

Q左遷されたとき、ほかの場所に活路を見出さなかったのはなぜですか?

 

福居氏:もちろん、当時は怒りや負けたくないという意地もありました。一方で転職も考えましたし、「うちに来ませんか?」という他社からのお声がけもありました。でも、自分自身に責任もあったはずなので、左遷された理由がわからないまま他社に行っても、また同じことを繰り返して迷惑をかけてしまうのではと思ったのです。

 

また、福居氏の話を通じて、明日から使える学びや共感したことを書き出すグループワークが行なわれると、「あたりまえをなぜ?と思う姿勢」「熱意」「とことん消費者目線で仕事する、お客様第一主義」といった、福居氏の「商品開発の探求心」への関心が目立ちました。これについて福居氏は、次のように語りました。

 

「好奇心旺盛なので、知らないことを放っておくことが我慢できない性質なのです。だから、今でもいろんな専門家や先生に教えていただく機会を得るようにしています。製品は我が子同然なので、なぜこの子が役に立っているのかを自然と追及したくなるのです。ものを作るとき、私がいらないものは作りたくありません。自分が本当に必要なものでないと、みんなも使いたいとは思わないだろうと思うからです」

 

その回答からは、福居氏のブレない顧客目線、探究心の一端が垣間見えた瞬間でした。

 

最後に、今後の目標について問われ、『服薬補助ゼリー』へのさらなる探究心はもちろん、意外にも「母がアパレルデザイナーなので、様々な分野を視野に、いろんなことに挑戦してみたいという思いもある」と、さらなる活躍の幅を広げる可能性を示した福居氏。これからの福居氏の活躍にますます注目です。

 

古い組織と戦い、女性役員として返り咲いた福居氏が登壇するとあって、受講者は女性が多いと思いきや、男性の姿も目立った今回のパイオニアセミナー。今後も各ジャンルのパイオニアが続々登壇予定です。詳細はこちらから。