2019年1月31日に開催したパイオニアセミナーは、登壇者にビー・エム・ダブリュー株式会社代表取締役社長のペーター・クロンシュナーブル氏を講師にお迎えしました。
近年、自動運転化に向けて競争が激化する自動車業界の中で、2016年に創業100周年を迎えたBMWがパイオニアであり続ける所以はどこにあるのでしょうか?当日のセミナーから一部抜粋してご紹介します。
<プロフィール>
ビー・エム・ダブリュー株式会社 代表取締役社長
ペーター・クロンシュナーブル氏
1966年ドイツ生まれ。プォルツハイム大学を卒業後、1995年にドイツBMW本社に入社。アジア、太平洋、アフリカ、東ヨーロッパ市場を担当した後、2006年にBMWグループ・インド、2010年にBMWグループ・ロシア、そして2012年にBMWグループ・ベルギーの代表取締役社長を歴任。販売・マーケティングの分野で20年以上のキャリアを積むプロフェッショナル。2014年7月より現職。
BMWは1916年に航空機のエンジンメーカーとして創業し、やがてその技術を自動二輪車、1979年からはディクシーと呼ばれるデザインカーに昇華させました。その後M&Aを経て、2001年には買収した『MINI(ミニ)』のリ・ブランディングに成功し、現在、BMW、ミニ、ロールスロイス、BMWモトラッドなどの製品ブランドを有しています。
2018年はBMWにとって重要な1年であり、2019年もBMWの歴史上でも果敢に攻勢をかける年になりそうです。数ある意欲的な取り組みの中でも、グローバル企業としてのイノベーションを重要視し、東京をはじめ世界中に研究開発センターを設置しています。
240カ国で展開する真のグローバル企業として、BMWは1981年に日本法人を始動。BMWグループにとっての重要な世界6大拠点のひとつである日本市場での戦略について、クロンシュナーブル氏は次のように語ります。
「日本の大学の研究技術が応用された革新的なホログラムのダッシュボードを取り入れるなど、さまざまな技術革新のためのテスト車や部品を開発しています。日本の消費者に好まれ、受け入れられる車を造らなければ成功はあり得ません」。
顧客サポートを全方位で充実させるため、BMWは保険や税金、ローン相談をはじめ、24時間緊急サービスを開始しました。特筆すべきは、近年、アマゾンやコストコでも電気自動車を販売したことです。アマゾンで新車の電気自動車を販売したのは、実はBMWが初めてだそうです。この新たな試みについて、BMWの企業スタンスを伺わせるエピソードを語ります。
「こうした前代未聞のプロジェクトについては、もちろん、ドイツ本社からの許可が必要です。本社からは、あらゆるケースを想定した障害を指摘されましたが、『まずは様子を見てみよう』ということで、テスト販売に踏み切ることができました。すると、『あのBMWがクリックするだけで買える』というインパクトは大きかったようで、多くのマスコミから反響がありました。BMWには、新しいアイデアがあれば、上司からそのチャレンジに許可をもらうよりも、事後に赦し(ゆるし)を得ようという社風があります。もちろん、失敗するかもしれませんが、チャレンジすること自体が大事なのです。仮に失敗しても、罰を与えられるわけではありません。なぜなら教訓と改善があれば次の成功につながるからです」
BMWならではの“ラグジュアリー・リテイル”を考えるときの重要な問いは、「自動車産業に欠けているものは?」「成功要素は?」の2つだ、とクロンシュナーブル氏。
「たとえば、シャネルやリッツカールトン、ネスレといったグローバル企業が顧客をどのように扱っているでしょうか。ご存知の通り、『カスタマー主義』を徹底しています。しかも、期待に応えるのが迅速です。BMWにおける“ラグジュアリー・リテイル”は質と情熱にあると考えており、いかに優良なディーラーを作るかということに最も力を入れています。世界中どこでも、お客様に対してプレッシャーを与えず、気持ちよく車を購入していただける環境を整備したいと考えています」
当然、価格を下げれば商品は売れます。しかし、アップルを例にとり、「ブランドの価値を感じてくださるお客様にこそ支持していただくことが重要」と指摘します。その一環として、BMWでは、お客様とコミュニケーションをとりながら、よりよい対応ができる場をつくるために、2015年に『BMWジーニアス』という商品説明専任スタッフの配置を始めたといいます。
「インターネットの普及によりお客様が購入前に多くの情報を持っている時代なので、BMWに接触していただいた方には、一回で決めていただけなければ購入には結びつきにくくなっているのが現状です。BMWジーニアスの取り組みによって、お客様がディーラーに行く体験や価値が変わり、購買へとつながることを期待しています」
2016年7月には、東京・お台場に2万7,000㎡の広大な敷地を誇る『BMW GROUP Tokyo Bay』をオープンしました。試乗体験だけではなく、同施設内の会議場ではTEDを開催するなど、BMWファン以外のさまざまなオーディエンスも集まる仕掛けを用意しています。ARゴーグルを使ったこれまでとは異なるバーチャルなスタイルの試乗体験も提供予定で、ディーラーに行くということの意味自体を変化させ、購買につなげていくことを狙っているようです。
BMWの次世代に向けたビジョンについて、「あらゆるチャネルを開拓する必要がある。今後オンラインでの販売もさらに拡大していきたい」とクロンシュナーブル氏は語ります。こうしたことに注力する理由について、ITからもたらされる破壊的なイノベーションがあらゆる業界で起きている背景を指摘します。特に自動車産業では、これまで競合関係にはなかったGoogleやUber、ダイソンといったグローバル企業が参入しており、熾烈な競争が待ち受けています。
破壊的なイノベーション事例について、デジタルカメラを例に、今後の予測できない市場への危機感を語りました。
「1975年にスティーブ・サッソンというアメリカ・コダック出身のエンジニアによって発明されたデジタルカメラは、写真1枚を撮るのに23秒もかかりました。しかも、1万5000ドルという高価なものです。コダックはデジカメを批判しましたが、今ではデジカメは一般に広く普及し、写真フィルムにこだわっていたコダックは2012年に経営破たんしています。近年、スマートフォンの登場で人々のライフスタイルが変わったように、かつて2〜30年かかってきた変化が今は5年ほどで実現し、古いものは消滅していきます。私たちは、そんな破壊的なイノベーションの時代のなかで戦っているのです」
市場の動向を見据え、クロンシュナーブル氏は、今後勝ち残っていくための重要なヒントを次のように示します。
「近年、GoogleがFIATと組み、また、アップル、中国の電子機器製造のフォックスコン、テスラなども業界に参入してきています。将来的に車が自動運転化されることにビジネスチャンスを見出し、多くのIT企業が参入しているのが特徴です。今後も新参者は業界を変えていくでしょう。それは、これまで以上の価値が必要となり、商品そのものの価値だけでは勝てなくなっていくことを意味します。パソコンの父と言われるアメリカの科学者アラン・ケイは、『未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである』という有名な言葉を残しましたが、私はそれが唯一、業界に残ることのできる理念だと考えています」
そんなアラン・ケイの言葉を実践するかのように、100周年を機に「We are Number ONE. We inspire people on the move: We shape tomorrow’s INDIVIDUAL PREMIUM MOBILITY.」というビジョンを示したBMW。もはや“自動車メーカー”ということを明示せず、“モビリティの未来を担うパイオニア”としてのBMWを表しています。BMWは「ドイツの企業だという意識ではなく、グローバルな見地を常に大切にしている」とクロンシュナーブル氏は語ります。そのため、ドイツ以外ではすべて英語でプレゼンが行われているようです。多言語への通訳、翻訳で時間が奪われないための効率化というメリットもあります。
また、BMWには、ACES(エイシス)という戦略の中で、「自動運転」「接続性」「電動化」「共有」の4つの明確な狙いがあり、「最終的には、お客様こそ私たちのプロダクトを選ぶ主体。だからこそ、私たちの取り組みすべてが、お客様の期待値を超えていなければいけません」と語ります。
「自動運転」と「接続性」については、1社だけで完結する話ではないので、企業をまたがる大きな取り組みとなり、各分野のリーダーが手を組んで初めて実現します。完全自動走行を実現するには、高精度の地図が必要です。そのため、アウディとメルセデスは、高精度な地図に特化した企業を買収したとのこと。そして、自動運転化が実現することで、次世代のすべての車がつながるようになると説明します。
「プレミアムな商品を展開するメーカーとしては、ロボットによる運転でプレミアム・ブランドと同じ体験ができるかどうか疑問に思うところがあります。BMWとしては今後自動走行車をリリースしますが、ドライバーが自分で運転するかしないかを決められるビジョンを描いています。「電動化」については、2025年までに100%電化の25モデルやプラグイン・ハイブリッド型などの新車をリリースする予定です」
さらに、そうした戦略を打ち出す上で欠かせないのが、「顧客第一主義」だと言います。
「プレミアムな自動車メーカーとして、もっとも魅力ある会社でありたいと考えています。お客様を中心にブランドとプロダクトがあるわけですから、ディーラーも重要です。私たちが求めるのは、最高で最善のディーラー、将来に投資しようというコミットメントを持つディーラーです。そうしたディーラーに今後も投資していきますが、メーカーとディーラーが両輪で頑張って初めて成功が実現するのです」
パイオニアであり続けるために最終的にキーとなるのは、「人材」であり、「人がいて初めて成功を手にできる」と指摘するクロンシュナーブル氏。BMWでは、適切な人材を採用して長く働いてもらうために投資し、研修や教育にも力を入れているようです。しっかりと働いている人はきちんと昇格されますが、そこには日本企業で一般的な年功序列の概念はなく、重要なのはパフォーマンスだと語ります。
「BMWでは、命令されて動くのではなく、“destructive(破壊的)な人材”を求めています。上司にも異議を申し立て、反対意見をいえる人材が大事なのです。そうでないと、軍事組織になってしまいます。会社が変化していくためには、内側から変化を起こす担い手が必要であると考えています。『自分こそが会社の変革をもたらすのだ』という社員の気概が大事であり、役職や性、年齢は関係ありません」
また、本社と時差のある日本の外資系企業の働く現場でよくある問題について、次のようなエピソードも紹介されました。
「BMWの本社はドイツ・ミュンヘンにあって、大体8時間の時差があります。本社は会議のために夜11時頃日本に電話をかけてきますが、日本人は律儀なので、本社からの連絡ということで受けてしまうのです。でも、私はもっと早い時間に電話会議をするように指示したり、ドイツ本社に対しても時差を意識したグローバルな働き方についてより意識するよう教育したりすることで、時差によるジレンマを調整することができました」
どんな仕事もコミュニケーションの積み重ねで成り立ちます。世界的なパイオニア企業のBMWでさえも、多くの企業同様、コミュニケーションを大事にしながらトップランナーとして走り続けていることが、身近に感じられるエピソードでした。
BMWの5つのグローバル・バリューは、人材管理をテーマとした「RESPONSIBILITY(責任)」「APPRECIATION(感謝)」「TRANSPARENCY(透明性)」「TRUST(信頼)」「OPPENNESS(開放性)」から成り、世界中の拠点をこのテーマで統一しているそうです。
BMWの人事査定は、単に仕事をしたということだけではなく、「自分の仕事をさらに発展させているか」あるいは、「改善しているか」「どんなリーダーシップを発揮したか」といったことが問われるようです。もちろん、マネジメントのみならず、縦割りの考え方はまったく役に立たないとされ、「いかに協働するか」ということも問われています。その理由について、「特にスピードを要するときには、“自分の枠”も“縦割りの考え方”も無用。私たちには人と人がつながったチームワークが必要」とクロンシュナーブル氏は語ります。
最後にクロンシュナーブル氏は、次の100年に向けての企業のあり方、人の働き方について次のような思いを語り、会は幕を閉じました。
「結局、組織というのは、自分自身の王国を率いていくということです。王国は単に規律で築かれているのではありません。組織の中では、規律だけで判断できるわけではありませんし、重要なことはそれぞれの人材の発展や育成に焦点を当てることなのです。仕事をするということは、常に今に集中し、今後に向けて成長することが大事であると考えています。働くスタンスとして大事なことは、社会の中で自分の役割を果たし、自分自身を成長させていくことです。そして、企業は人が持つ多様な考えや能力を開発していくべきだと思います。社員の成長とともに会社も成長していきます。そして、100年以上の歴史を有する企業として大切なのは、次の100年をいかに進み、生き残るかということだと考えています」
※パイオニアセミナー当日、コレド日本橋の前に設置されたBMWの最新型モデル車。
当日はモデル車両の試乗も開催され、雪が降る中にも関わらず、大勢の受講者が試乗を楽しみました。
2020年をめどに自動運転化が実現するといわれる今、さまざまな企業が参入し、自動車産業はこれまでにない熾烈な競争が予想されます。そうした状況下で、プレミアム・ブランドを確立し、パイオイアであり続けるBMWは、技術革新はもちろん、内側からの起爆剤となる人材育成をはじめ、確実にブランド価値を届けるさまざまな取り組みがなされていることが印象的でした。
特に、今後スピードや変化への対応力が重要なビジネス界において、“個人の枠”や“縦割り組織”に縛られないことで発展できるということは納得できる話です。多様な働き方が広がり、企業の年功序列や終身雇用が崩れつつある日本企業にとっても、BMW流の人材育成や組織理論は大きなヒントとなりそうです。
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