パーソナルゲノム時代が拓く未来とは?

インタビュー パイオニア・コミュニティ 2019/10/15

9月4日に開催したパイオニアセミナーでは、ゲノム解析の研究者であり、ゲノム解析のベンチャー「ジーンクエスト」を立ち上げられた高橋祥子氏をお迎えしました。

 

迫り来る超高齢化社会に向けて、予防医療などの分野でも注目を集める個人向けゲノム解析サービス。最新の研究成果を社会実装するためにチャレンジを続け、切り拓いてきたイノベーションについてお話しいただきました。

 

当日のセミナーから一部抜粋してご紹介します。

 

(プロフィール)

株式会社ジーンクエスト代表取締役

株式会社ユーグレナ執行役員バイオインフォマティクス事業担当

高橋祥子https://genequest.jp/

 

1988年大阪府生まれ。2010年京都大学農学部卒業。2013年6月東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に遺伝子解析の研究を推進し、正しい活用を広めることを目指す株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月博士課程修了。2018年4月株式会社ユーグレナ執行役員バイオインフォマティクス事業担当に就任。生活習慣病など疾患のリスクや体質の特徴など約300項目以上に及ぶ遺伝子を調べ、病気や体質に関係する遺伝子をチェックできるビジネスを展開。経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)受賞。第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞受賞。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出。著書に『ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?』がある。

 

|理想の研究を求めて起業し、直面したさまざまな課題

 

身内や親戚に医師が多い家系に育ち、医療を身近に感じながら育ったという高橋氏。病人が大勢やって来る院内を見て、「病気になる前にどうにかできないものか?」「そもそもなぜ病気になるのか?」という疑問を持ったといいます。

 

それが解明できれば病気の予防にも役立てるという大志を抱き、京都大学と東京大学大学院を通じて、生命科学研究に没頭しました。トータル11年間大学で勉強し、大学院在学中に起業した高橋氏は、研究結果を社会実装するためのさまざまな障壁に直面します。

 

「多くの謎に満ちた生命の仕組みを解明するには、たくさんの人を巻き込まないといけません。研究成果を届けながら、研究がまわる仕組み作りが必要でした。サービスが広まれば広まるほど研究も加速していくからです。純粋にそうした理想を追求して起業したものの、その後の困難をまったく予想していなかったため、財務も人事も営業もやらなければならず、最初はとにかく大変でした。癌や薄毛など200項目に関わる遺伝子情報を提供するゲノム解析サービスを立ち上げ、初めてメディアに取り上げてもらった時には世間の反応が想像以上にネガティブであったことにも驚きました。一般的には遺伝子のことがよく理解されていないということが、自分自身まるで分かっていませんでした」

 

これを教訓に、一般の方向けのセミナーを開催したり、本を出版したりするなどの活動に力を入れるようになったという高橋氏。その地道な努力の成果と、海外での遺伝子解析ブームが日本にも流れ始め、世間のネガティブな反応は創業当初よりも薄れていったといいます。

 

|ゲノム解析でわかるさまざまな個人情報

 

 

高橋氏の説明によれば、「ゲノム」という言葉が一般社会に出てきたのは近年のことであり、「ゲノム」とは、ある生物を構成する全塩基配列の情報とのこと。

 

「ヒトのゲノムは2003年に完全に解読されましたが、ヒトの場合は約30億の塩基対があって、人同士のゲノムの差(顔や体、病気のなりやすさなどの違いの元となる遺伝的個性)は全体の約0.1%にすぎません。その0.1%が、私たちの顔や体の形、体質や性格などの違いを生み出しているのです。ちなみに、ヒトとチンパンジーのDNAの違いはわずか1%です。」(高橋氏)

 

ジーンクエストでは個人向けの大規模ゲノム解析サービスを提供。ネットで申し込み、専用キットが届いたらそれに唾液を入れて返送すれば、約1カ月で解析結果をチェックできる仕組みです。

 

遺伝子情報は一生変わらないと言われており、一方で遺伝子配列に関する知識量は日々更新されている。一度ジーンクエストやユーグレナのゲノム解析サービスを利用してアカウントを作れば、最新の研究結果が無償でアップデートされ、その後も随時最新情報が得られるようになっています。

 

解析結果で分かる項目は、全部で300項目以上。体質の特徴やあらゆる疾患への罹患リスクが分かります。例えば、お酒に強い体質かどうかについて。

 

「アルコール耐性があるかどうかで、二日酔いなりやすいかどうかも関係してきます。お酒を飲んだときに発生する物質・アセトアルデヒドが体内に溜まりやすい人は、悪酔いしやすい、食道癌になりやすいといわれています。私は、お酒は弱くない方であると思っていたのですが、解析の結果このアセトアルデヒドが体内に溜まりやすい体質であるということが分かり、それからお酒は控えるようになりました。」(高橋氏)

 

さらに、特定の病気への罹患リスクについても一例を紹介します。

 

「ゲノム解析した結果、私は腎臓結石になりやすいタイプだということも分かりました。実際に罹ったことがありますし、母も祖母も罹ったことのある病気です。比較的年配の人が罹りやすいと言われていて、なぜ若いうちに罹患したのか、医者に聞いたら原因は分からないと言われました。完治した人でも、そのおよそ半分は再発するそうです。予防法として、ジーンクエストの解析ページにも記載されているように、水分量をしっかりとる、シュウ酸を多く含む食べ物を避けるなど、生活習慣を改善することで今後の予防に繋げました」(高橋氏)

 

|パーソナルゲノム時代がもたらすメリットとリスクは?

 

気になるのは、ゲノム解析で一体どこまで分かるのかということです。どんな疾患も「遺伝的要因」と「環境的要因」が影響すると説明する高橋氏。

 

「家族性の乳がんは遺伝的要因が強いですが、同じがんでも肺がんは環境的要因が大きいといわれています。遺伝子だけで100%決まる疾患もありますが、それは弊社の個人向けのゲノム解析サービスでは扱っていません。技術的にはできても、診断行為になってしまうし、倫理的な問題で精神疾患も扱いません。たとえば、『あなたはうつ病になりやすい』と断定されることでそう思い込んでしまうなど、かえって精神的な負担を受けてしまうケースもあるからです。」

 

「なお、個人が自分の遺伝子情報を知るという「パーソナルゲノム」を取り巻く環境がどうなるかと言いますと、今、実際にがんの治療の領域では普及しはじめていますが、たとえばその方の遺伝子に合わせた治療法を提供していくという、個々に合わせた「オーダーメイド医療」などが実現するようになります」

 

人の生活や行動を変えるのがイノベーションならば、まさに高橋氏が手がけるゲノム解析サービスはイノベーションと言えるでしょう。一方で、ゲノム解析をする“リスク”についても、高橋氏は次のように言及しました。

 

「さまざまな疾患のリスクが分かってしまうことで、差別の助長に繋がることもあり得ます。また、倫理上の議論を無視すれば、悪質な疑似ビジネスが横行する危険も孕んでいます。科学的根拠がないものが広まれば、ゲノム解析自体のイメージが失墜してしまいます。ゲノム解析市場は確実に拡大しているからこそ、正しい恩恵が受けられるサービスを構築すること、ゲノムに対するリテラシーを高めることが重要なのです」

 

|日本におけるゲノム解析サービスは、今後どのように発展していくか?

 

 

アメリカではここ1〜2年で急成長し、グーグルなどの巨大資本がゲノム市場に参入していることも一つのきっかけとなって、サービスのコストが下がり、技術的な発展もめざましいゲノム解析市場。その波は今後、日本にも来ると言われており、超高齢化社会を迎える日本での活用が期待されています。

 

また、ゲノム解析技術の急速な発展により、2000年を境にゲノム解析に関する科学論文が爆発的に増え始め、現在は毎年2万報以上の研究論文が発表されているといいます。また、ヒト1人あたりのゲノム解析コストは20年前にはおよそ100億円でしたが、現在は10万円程度。近いうちに1万円ほどで実施できるようになるとも言われていることを紹介しました。

 

今後、ゲノム解析が確実に発展していく上で、リスクをどのように乗り越えるかを考えることが重要です。これまでの活動を通じて、ゲノム解析を価値化していく流れについて高橋氏は説明します。

 

「大きく分けると、解析を価値化する流れは3つです。①適切なデータを収集する。次にその②データの中に法則性を発見する。そしてその③法則性を活用する。検査の質を高めること、データの管理をどうするかといった課題はありますが、アメリカでは大手製薬会社のファイザーがビッグデータを保有する例も出てきました。」

 

|ゲノム解析のビッグデータにはさまざまなビジネスチャンスがある

 

世界的にゲノム解析のビッグデータの活用や研究が進んではいても、日本人には日本人に合ったデータが必要だと説明する高橋氏。現在、高橋氏率いるジーンクエストがゲノム解析データを使って取り組む、企業や大学との共同プロジェクトが紹介されました。

 

「パナソニックさん達との取り組みでは、遺伝子情報をもとに創る「最適なリビング」という展示をしました。例えば最近、肌に対する特徴と遺伝子の関係もわかってきていて、自分の肌質に合わせたベッドのシーツや枕カバーを仮想で作りました。また伊藤園さんとの共同研究では、緑茶成分であるカテキンの吸収に関連する遺伝子について研究成果を学会発表しました。とくにここ1年、研究の成果を非常にたくさん論文として発表できています。ようやく最初に思い描いた、今の研究成果を活用しながらサービスを提供し、ユーザーが増えることでデータも集まって研究もでき、それをまたフィードバックできるというサイクルが回り始めてきたというような段階です。」

 

|ゲノム解析の研究を社会実装し、発展させるために必要な哲学

 

この先、ゲノム解析の研究が進めば、さまざまなデータを活用した「データドリブン経営」が当たり前になる時代になるとのこと。最後に、そうした時代に必要とされるスキルと哲学について語られました。

 

「研究データを生かしながら、ゲノム解析で豊かな社会を創るのが、弊社の理念です。ゲノム解析だけでなく、すべての領域においてデータ取得のコストが下がれば、データを活用してどんな未来を描くか?というデザイン力が必要になってきます。旧ソ連の宇宙飛行士、ユーリイ・ガガーリンが言った、『人間にとって、最大の幸福とはなにか。それは、新しい発展に参加することだ。』という言葉が私は好きです。科学が発展すれば、それに伴う難しい問題というものも必ず出てくるもの。その時々において、人は絶望するのではなく前進することで発展する。それこそが最大の幸福だと思うのです」

 

高橋氏のこれまでの軌跡が語られた上で、受講者同志で「これからの未来を創り出す上で、どのように社会課題を解決していけるか?」について話し合う時間を設けました。講義を通じて各自が一番共感した部分やその理由、より掘り下げたくなった部分等について、熱く議論が交わされました。

 

質問タイムで、会場からさまざまな質問が投げかけられた中でも、とりわけ印象的だった高橋氏の話を紹介します。新しいことにチャレンジし、さまざまな壁に当たりながらもくじけなかった所以について聞かれた際の高橋氏の回答です。

 

「私の場合、当初はあまり悩まずに起業してしまいましたが、後から葛藤することになりました。でも、起業する時に『ここまでは絶対に失敗してもやりきる』というふうに先に決めておいたことがとても重要であったと後から思います。色々な困難や辛いことがあっても、初心を思い出し、それも含めてやりたいことにすべて繋がっていると思うと、案外くじけないものです」

 

 

初志貫徹する高橋氏の芯の強さを垣間見て、大きな刺激を受けるセミナーとなりました。イノベーションの先には、新しいものを受け入れるための心構えや準備が重要となるようです。未来志向を持って、人がサービスやプロダクトを享受するメリットやリスクを整理したり、人々と議論をしたりする重要性をあらためて感じました。

 

パイオニアセミナーは年間通じ、定期的に開催しています。今後の詳細は、こちらをチェックしてください。

 

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