ハーバードデザインスクールで教えるビジネスにおけるデザイン手法 ~問題提起型デザインでイノベーションを起こす~

イベント みらいブレンディピティ 2017/11/16

世界のビジネスで「デザイン」は競争上欠かせない要素となっていると言われます。しかし、日本では依然としてデザインの意味を「ただ見た目を美しくすること」と誤解している人も多く、本質的な「デザイン」の定義について理解ができていない、というのが実情でしょう。本稿では、世界最先端のデザインの考え方「Speculative design」を紹介しながら、「デザインとは何か?」について再考したいと思います。

 

※本稿は「Beyond MBA~世界のトップスクールが求める人材像」セミナー(2017年11月6日開催、ファイナンス稲門会主催)より、WASEDA NEOで「みらいブレンディピティ」のコーディネーターを務める、ハーバード大学デザイン大学院(ハーバードデザインスクール)を修了した各務太郎氏の講演を一部抜粋して記事化したものです。

 

 

「デザインとは何か?」

頭の中で100円玉を描いてみてください。多くの方は、コインを真上から見た円形をイメージしたと思います。しかし中には、真横から見た細い長方形をイメージできた方がいるかもしれません。その方が自動販売機のコイン投入口をデザインできる人なのです。

 

これは「デザインとは何か」を端的に示す好例です。なぜこの話から始めたかというと、「デザイン」というものに対する勘違いやコンプレックスが、日本の起業家数・創業数の少なさの一因であるという問題意識を持っているからです。

 

日本では近年、「ビジネスデザイン」、「サービスデザイン」など、色々な言葉に「デザイン」がつけられ始めていますが、これはある種のデザインに対する苦手意識の裏返しだと私は見ています。個人的な見解ですが、その根本の原因は図工教育にあると思っています。中学・高校で絵が上手かった同級生が何となく美術大学に進学し、デザインファームに就職する。それを見て、何となく自分には絵心がないので、デザインが分からない、という考えがあるのではないでしょうか。この根本的な勘違いが大きく影響していると考えています。冒頭の100円玉の例のように、本来デザインとは、仕組みを設計することが仕事であり、絵を上手く描くとか最後の見栄えをきれいに仕上げることが「デザイン」であると捉えている人が依然多い、というのが私の実感です。

 

 

「デザイン思考≠イノベーション」

「デザイン思考」は、91年に米国で設立されたデザインファームのIDEOが確立したと認識されています。「デザイン思考」とは何か。自動車を例にとって考えてみましょう。T型フォードが出た時のような競合他社が不在の状況では、製品を出せば売れるので、技術者やテクノロジーが中心となります。しかし競争の激化で差別化が困難になった時、使い手の気持ちに立った「デザイン」が必要となり、「技術中心」から「人間中心」へとシフトします。この「人間中心」が「デザイン思考」の核です。そして、課題発見、課題定義、アイデア創出、プロトタイピング、実行、といったPDCAサイクルを回して、デザイン思考が実行されます。

 

日本では「デザイン思考」と「イノベーション」がセットで語られているのをよく見かけますが、デザイン思考は、元来お客さんにプロトタイプを使ってもらって、問題点を発見し、直していく、言わば「改善」のプロセスです。例えばiPhoneの新商品企画ではデザイン思考の手法が使われていますが、ご存知の通り、最初のモデルから最新のモデルまでこの10年以上、製品のコアは変わっておりません。ユーザーのニーズに基づく商品企画からは、お客様を驚かせるプロダクト・サービスが生まれることはあり得ません。現在、日本の企業の多くが「イノベーションを起こしたいからデザイン思考を採用する」という言葉を使っていますが、その言葉自体が矛盾をはらんでいるのです。

 

 

世界の最先端は「デザイン=問題提起」

ハーバードデザインスクールやMITメディアラボ、ロンドンのRoyal College of Art(RCA)という芸術大学など、デザインの最先端のコミュニティで主流となりつつある概念に「Speculative Design」というものがあります。

 

RCAのAnthony DunneとFiona Rabyの共著『Speculative Everything』で示されたこの概念の定義は「Design as a means of speculating how things could be」、即ち、デザインとは「将来あり得るかもしれない世界のあり方を予測する」ツールである、というものです。

 

Speculative Designの考え方では、世界がこのまま進んでいけば起こり得ないような抜本的に新しいシナリオを設定することで課題を顕在化させ、Preferableな(好ましい)未来の実現に向けた議論を巻き起こす「問題提起のツール」としてデザインを捉えています。

この考え方を起業に活かした具体例としては、Soylent(ソイレント)という、一日に必要な栄養素がすべて入った粉末をシェイクなど様々な加工食品にして売っているベンチャーがあります。元々は別のビジネスで起業していた創業メンバーたちが、業績悪化で日々の食事もままならなくなり、医学書を基に洗い出した生命維持に必要な全ての栄養素のサプリメントをミキサーで粉にして水で溶いたものを作りました。これを毎日メンバーで飲んでいたところ、みるみる肌がきれいになり、これで起業してしまえ、として始まった事業です。

 

興味深いのは同社の創業ステートメントが、未来の食事は、日々を生きるための必要不可欠な食事と、寿司やステーキ等の味を楽しむレジャーとしての食事と別れていくだろう、というところから始まっていることです。こういう未来のシナリオを提示されることで、そういう未来が来るかもしれない、また、もしそうなったらどういう形態のレストランがあり得るか、などの議論が巻き起こるのです。

 

 

日本人起業家を増やすために

ハーバードデザインスクールでは課題が与えられることはありません。何を問題と考えるか、から学生のデザインが始まるのです。自らが設定した課題に対して、自分がデザイン、即ち課題解決策としての設計を具現化するという実践的な教育が2年間続きます。ありふれた日常の中においても、見方をひとつ変えるだけで問題を発見できるかが、一番重要と考えられています。見た目をおしゃれに仕上げるようなことは、デザインの中の最後のほんの数%でしかありません。課題を発見し、解かねばならぬという使命ができて初めて、物事が動いていくのです。

 

この観点で言えば、本来MBAは解くべき課題が見つかった人が行く場所というのが、あるべき姿なのではと私は考えています。例えば、バイオエンジニアで、iPS細胞の高度な技術があり、人工臓器を普及させてがんを撲滅したい、という使命を自覚した人がいるとします。その人が、事業を具現化して、自らの使命を果たすべく、人を動かす経営のスキルを学びにMBAに行くということはあり得るでしょう。しかし、キャリアアップのためにとりあえずMBAに行き、周りがそうするので自分も何か起業しなければと思うようなことは、あまりそぐわないように思えます。自分の本当に心からやりたいことではなく、問題を他から発見してきて、既存サービスのUXやUIを変えたり、要素の組合せをずらしたり、といったテクニカルな部分のみに注力する。即ち、最も核になるべき課題発見やシナリオ設定を、内発させるのではなく、外にアウトソーシングしているため、起業したとしても長くは続かないのです。

 

自らが取り組むべき問題を発見し、それを解く秘密を握ることさえできれば、起業は大枠終わっていると考えます。課題を発見できる人材を創らなければ、日本から起業の数が増えないのでは、というのが私からの問題提起です。

 

 

最先端のSpeculative Designを取り入れた実践型事業創出プログラム

このような問題意識に対する私なりの一つの解として、本年開校したWASEDA NEOにおいて、これまでお話してきた最先端のSpeculative Designの考え方を取り入れた事業プロデュース実践プログラム「みらいブレンディピティ」を企画しています。

 

このプログラムでは、5人程度のプロジェクトチームを組み、実在の企業から提示される事業テーマに対し、自分達で課題を設定して、そのソリューションをテーマ提供企業の経営者に提案します。2018年1月からの第1期では、ミライシュハン株式会社(代表取締役CEO 山本祐也)から、特定の日本酒の銘柄に関するリブランディングというテーマを頂いており、プロモーション戦略立案と、デザイン戦略の2つのコースで、具体的なプロトタイプを作成します。

 

このプログラムの特長は、事業創造における一連のPDCAサイクルを回し切ることにあります。一般的な事業開発プログラムやビジネスプランコンテストでは、こういうプランを作りました、こういうことを試してみました、というプレゼンをして、講評を貰う程度のものが大半ではないかと思います。一方「みらいブレンディピティ」では、自分達でデザインしたものを店頭に置いたり、プロモーションを実行したりして、実際のお客様と対話する「市場テスト」まで行います。

 

また、私としては、与えられた日本酒という課題の、その前提をどこまで疑えるかにエネルギーを割きたいと考えております。プランに入る前に、解くべき課題は何かを定義することに重点を置いたコーチングをします。この部分こそが、まだ日本にない課題発見型事業創出の実践であり、今後のビジネスパーソンに必要とされるものと考えるからです。

 

2か月間という限られた時間の中で、リアルな事業課題に関して、経営者から実行承認を勝ち取るレベルの具体的提案を行い、仮説検証まで行わなければならないので、全4回のクラスの時間外に多くの時間をチームでの議論や制作に割く必要があります。量的にも質的にも負荷が高いプログラムと言わざるを得ません。従って人間関係に起因する問題への対処も含めた、リアルなプロジェクトマネジメントの経験も必然的に積むことになると思います。しかしそれこそが起業や事業の立ち上げの現実であり、このような事業創造におけるエッセンスを凝縮した、包括的かつ実践的な疑似体験は、将来起業や新規事業立ち上げをリードしていく際、大きな支えになると信じております。

 

 

登壇者プロフィール

 

みらいブレンディピティ <課題創出型デザイン手法 実践コース>

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