「デザイン思考=イノベーションのツール」という誤解、「好ましい未来」を可視化して「問い」を創造するスペキュラティブ・デザイン。
本稿は、12/13(火)に実施されたWASEDA NEO講師 各務太郎氏のセミナーより、一部抜粋して記事化したものです。
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スペキュラティブデザインとは何かを考える前に、まずは「デザイン」という言葉そのものについて解説します。
まず、百円玉を思い描いてみてください。
多くの人が正面から見た円形を思い浮かべたと思います。このときに、百円玉を横から見た図を想像できた人が、自動販売機の挿入口をデザインできる人です。
日本では「デザイン」というとセンスや絵心が重要だと思われがちです。日本で一般的に「デザイン」と思われている、見た目を良くすることを、英語では「スタイリング」といいます。しかし、デザインとは問題解決の手段であり、視点の提供を本来意味します。
ここからは、「デザイン思考」について考えていきます。自動車産業の歴史を例に考えてみましょう。車がまだ世の中にない時代であれば、車を作れば必ず売れます。しかし、一度世に出してしまえば、他の会社もどんどん車をつくるようになります。すると次は、どう差別化するかを考えなければなりません。より売れる車をつくるために、ユーザーに「何が必要か」や「どこをどう改善すべきか」を聞いて、次の車をつくっていきます。これがデザイン思考です。単純に言えば、メーカー(テクノロジー)中心ではなく、ユーザー中心で発想するということです。
「ユーザーに聞く」ということはつまり、問題やニーズを発見するということです。そこからアイディアを出し、プロトタイプをつくり、使ってもらって、また聞くことの繰り返し。つまり、デザイン思考とは改善の手段なのです。ところが日本では今、多くの人がデザイン思考をイノベーションの手法と捉えてしまっているのです。
スペキュラティブデザインについて考えていくためには、こういったデザインやデザイン思考が前提になります。
スペキュラティブデザインは、ハーバードデザインスクールやMITメディアラボ、ロンドンのRoyal College of Art(RCA)という芸術大学など、最先端のデザインコミュニティで主流となりつつある概念です。RCAのAnthony DunneとFiona Rabyという教授が、共著『Speculative Everything』において、「将来あり得るかもしれない世界のあり方を予測する」ツールである、と定義しています。
スペキュラティブデザインの考え方では、まず世界がこのまま進んでいっただけでは起こり得ないような好ましい未来(Preferable future)のシナリオを設定します。そして、その未来を実現するために解決すべき課題を顕在化させ、議論を巻き起こす「問題提起のツール」として、デザインを捉えています。
この概念を図式化したのが「フューチャーコーン」という図です。
一番左Present(現在)、そしてそこから真っ直ぐ進んだ先には未来がある。この未来を中心にして、Probable(ほぼ確実にくる)、Plausible(もっともらしい)、Possible(あり得るかもしれない)と、裾野が広がっています。Possibleは「理論上あり得るけど、まあ来ないであろう未来」「あり得ないわけではない未来」という意味です。
フューチャーコーンが示しているのは、未来にはいろいろな可能性があって、デザイナーは、好ましい未来を提示するためにデザインを使う、ということです。
起業に活かした具体例としては、ソイレント(Soylent)という会社があります。元々は別のビジネスで起業していた創業メンバーたちが、業績悪化で日々の食事もままならなくなり、医学書をもとに、生命維持に必要な全ての栄養素のサプリメントをミキサーで粉にして水で溶いたものを作りました。これを毎日飲んでいたところ、みるみる肌がきれいになり、これを商品にできるのではないかと考えて、起業したのです。
彼らはソイレントの起業に際し、「未来の食事は、日々を生きるための必要不可欠な食事と、寿司やステーキのように味を楽しむレジャーとしての食事とわかれていくだろう」というSF小説のようなことを述べています。もちろん実際は、商品が先にできていて、未来の食事の話は後付けです。しかし、後付けであったとしても、起業のビジョナリーワードとしては十分に成立しています。
「デザイン=問題解決のツール」というところから一歩踏み込んで、実現したい未来までも自分で考え出し、そのために必要なものを逆算していく。これが、スペキュラティブデザインの考え方なのです。
冒頭で、起業や新規事業を成功させるにはビジョナリーワードを立てることが重要だとお話ししました。ビジョナリーワードの目的は、みんなが思い浮かぶ絵を描く、ということです。ではどのような絵を描くのか、という部分がスペキュラティブデザインになります。
早稲田大学の社会人スクールWASEDA NEOは、スペキュラティブデザインの考え方を取り入れた事業プロデュース実践プログラム「みらいブレンディピティ」を2018年1月に開講します。ミライシュハンという日本酒のベンチャー企業の協力を得て、432年の歴史がある日本酒のリブランディングを行います。
このプログラムの特別な点は、スペキュラティブデザインの考え方をビジネスに適用し、100年後の日本酒の役割から考えていく点です。単純にパッケージを変えることを考えるのではありません。日本酒の「好ましい未来」から出発して、実際の商品をリブランディングしたプロトタイプを制作し、代官山の店舗等でテスト販売まで行います。そこで得た消費者の反応や、専門家や事業家からのフィードバックを反映させた最終提案を完成させる、約2か月のプロジェクトです。
事業創造の一連のプロセスを実践を通じて経験できるプログラムですので、ご興味があれば、ぜひご参加ください。
◆スペキュラティブ・デザインの方法論を用いた「課題創出型ビジネスデザイン」プログラム(みらいブレンディピティ)概要
◆【1/6(土)限定開催】スペキュラティブ・デザイン講義(実践編)
http://speculadipity.peatix.com
◆講師プロフィール
各務 太郎(株式会社SEN代表・建築家・コピーライター)
早稲田大学理工学部建築学科卒業後、電通入社。コピーライター/CMプランナーとして数々のCM企画を担当。電通を退社後、2017年ハーバード大学デザイン大学院都市デザイン学修士課程修了。第30回読売広告大賞最優秀賞。第4回大東建託主催賃貸住宅コンペ受賞。他多数。
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