『ピンチをチャンスに -ミュージシャン亀田誠治の挑戦-』パイオニアセミナー開催レポート

イベント 2023/2/9

 

『日比谷音楽祭』の草案と障壁

 

人生とはね、本当に面白いことが起きるんですよ。その数カ月後に「亀田さん、日比谷野音が2023年に100周年を迎え、日比谷公園は120周年を迎えます。公園全体を使って日比谷の魅力を再発見できるような音楽イベントをプロデュースしませんか?」というお話を東京都の方からいただいたんですね。

 

僕の頭の中ではちょっと前に見てきたセントラルパークの光景がまだ焼き付いていて、めちゃくちゃホットな状況だったので「パーン!」と合格の鐘がなりました。大抵仕事を決める時は、本当に慎重に考えてからやるんですけれど、その時は「わかりました、このプロジェクトを引き受けます」って即決しました。

 

 

そして『日比谷音楽祭』を開催するということでプロジェクトがスタートするんですね。一年半ぐらいかけて準備して行くんですけれども、僕の中では千客万来の無料音楽イベント、しかもトップミュージシャン達から多くの人に手渡しで音楽を体験できる場所を作ろうという想像でプロジェクトをスタートさせていくんですけれど。一番大事な話が置き去りにされていたんですね。

 

僕はフリーイベントとして成功させて『日比谷音楽祭』を絶対にやりきるんだと思っていた。アメリカのサマーステージは1985年に始まって35年間も続いていている。日本での1年目を東京の日比谷公園から始めるんだ、と意気込んでいたらここで考え方の差がありました。そもそもお話を下さった方々の中には、有料のイベントとして亀田氏にプロデュースしてもらい、しっかり興行として成立させて収益を上げていき規模を大きくしていこうという考え方が基本にあったんです。

 

どういう形であれイベントをやるには資金が必要ですから、代理店さんとかもいらっしゃって、スポンサー集め等をしながら資金調達していくんですけど、僕の思いと裏腹に話が進まないんですよ。チームのスタッフはいくらなんでもフリーイベントは難しいという事に僕が途中で気付いて、最終的には有料と無料のコンテンツが混在するような妥協案を出してくることを待っていたらしいんだけど、僕は有料の「ゆ」の字も考えていなくて、ニューヨークで出来ていることでが日本で出来ないわけがない、絶対に無料でやる、という気持ちでした。

 

サマーステージはスポンサー企業からの援助と個人の寄付で成り立っている。これが年間約77億円で、それはコンサートだけではなく、アートの展示や植物園の運営、公園の修繕費など色々な目的に対してお金が充てられ、さらに海外からのボランティアにも協力を得て運営している。そういう話を仲間にしたら、「亀ちゃんね、気持ちは分かるけど悪いこと言わない、やめたほうがいい」とアドバイスを受けたんだけど、「いや、僕はもうやり切りますから大丈夫」と言って、着々とアーティストのブッキング等の準備を進めていきました。

 

ところが、開催の数カ月前に資金調達を担当する代理店が降りたんですよ。まあ、向こうからしたら当然ですよね。無料のイベントとして開催して、企業や行政などから支援してもらい、さらに一般の方からもクラウドファンディングで応援してもらうっていう僕の描いた資金調達の形では出来るはずないって。

 

悲しい話ですけれど、僕が夢と希望を抱いて臨んでいったものが、やっぱり関わる人によっては当初の思惑とは違うものになっていって。本当に悔しかったですけれども、2018年度に開催する予定だった第一回目の日比谷音楽祭は資金調達ができなかった為開催できず、「幻の0回」になってしまった。

 

 

 

 

挫折からのどさ回り

 

「幻の0回」になってしまったということで、みんなますます僕が諦めると思っているんですよ。ところが僕は諦めずに、「ならば自分たちで資金集めをしよう」ということで、自分たちで企画書や協賛オーダーシートを書いた。

 

僕は大学卒業してフリーターの時期もありましたけれども、就職活動をせずにプロのミュージシャンになってしまったので、スーツを持ってないんですよ。しかもネクタイも結べないから妻にやってもらった。ネクタイも結べない亀田誠治が日比谷音楽祭のリベンジのために企画書を持って、スーツを三着新調し、それをローテーションで着て120社の企業を訪問しました。そこでスポンサードして欲しいという話をしました。

 

訪問した中には『稲門会』みたいな早稲田の仲間から紹介してもらったものもあったり、高校時代の仲間から広げていったものもあったり、やっぱり一見さんで企業のドアを叩くのはなかなか難しいので、ネットワークをフルに使いました。もう大企業さんからベンチャーの方々まで、とにかく脈があると思った人にはアポを取りました。

 

自ら120社ぐらい回っていく中で「次世代のために日本の音楽文化を育てていきたい、海外では生活の中に音楽があって皆んなそれを生きる糧にして生きています。これから日本を変えていきませんか」そういうメッセージを出しながら、日比谷音楽祭を開催する決意を表明したんです。そうしたら「面白い」「よしやろう」と扉が開いていって、「幻の0回」には1円も集まらなかったのに、次は1億円近い協賛金を集めることができました。本当に企業の方々の理解があってこそ出来たことです。

 

 

「全亀田」で挑む第一回日比谷音楽祭

 

 

日比谷音楽祭の実行委員は少数精鋭なんですけど本当に素晴らしい仲間がいて、その人たちと一緒に動いていくんですけれども、次々に扉が開いていって、「これは開催できる」っていうところで、2年目にして2019年度に初めて日比谷音楽祭が日比谷公園で開催できて、なんと土日の2日で10万人のお客さんが集まってくれました。

 

僕いつもね、「全亀田を使う」って言うんですけど、出し惜しみしないんですよ。アーティストのブッキングの方もね、「この人に頼みたい」と思ったら絶対に頼む。もちろん断られる場合もあるんですけど、断られても「頼みたい」っていう気持ちを伝えることによって次の年は出てくれるかもしれないっていうことで、様々なアーティストにお声がけをして、これが幸運にもですね、「幻の0回」があったおかげでマイレージが貯まってたんです。アーティストブッキングの。

 

「亀田さんおめでとう!今年できるんだね!」みたいな感じで、布袋寅泰さんや石川さゆりさんとか、或いはニューカマーのアーティストにも出てもらえたし、初年度に涙の染み込んだマイレージが貯まったおかげで、みんなもちょっと気持ちが乗っているわけだ。絶対1回目を成功させよう、みたいな。

 

そういう気持ちも手伝って、0回目のマイナスまで落ち込んだようなピンチがいろんな意味でチャンスになったんですね。0回目の時は全部が裏目に出て、苦しいな、しんどいなと思っていたけど、それが賛同の気持ちになってもいたし、企業の皆さんはCSRなどの文脈をすごく重要視されている中で、何か社会貢献・文化貢献をしたいということでプロジェクトに共感してくれた。

 

あとは行政から助成金を受けるために、無機質な部屋でですね。「日比谷音楽祭実行委員長亀田さん、与えられた時間は5分です。」なんてこと言われて、色々とプレゼンする。「亀田さんはこうやって企画を立てており、有名な芸能人の方も呼ばれてますけれども、実際このうちの何人を本当に呼べますか?その確証はあるんですか?」みたいな質問をされて。有識者の方々の目線っていうのはなんだか怖いなぁと思いながら「全部やります」と言っちゃって、結局全員は呼べてないんですけれども、そういう目標値を出すことによって行政の方は金額を設定してくるので、自分のプランしていることは全部正直に話してみる。

 

最終的に到達しなかった分はマイナスされていってしまうんですけれども、それはそれで良しとして、初めから低めのことを言うんじゃなくて、ちゃんと自分の思い描いていることを言う。だってさ、「うちのラーメンまずいよ」ってラーメン屋に出されても嫌でしょ?「美味いよ今日のは!良いの入ってるよ」って言ってるから、みんな食べたくなるわけです。

 

 

 

なぜ「フリーイベント」なのか

 

「僕の考えているフェスでは前代未聞のことが行われますけど最高ですから。まだ誰も成功してないのでイメージができないだけです。まずは第一回目を成功させますから」と話し込んで助成金をいただいたり、あとはクラウドファンディングを立ち上げたりして資金調達をしました。

 

音楽業界の代謝を良くしていきたいっていう思いの中で僕が一番大事にしたいのは「音楽を媒体にして、世界の様々な業種の企業であったり、お金であったりっていうものが循環していける場所を作る」ことで、それが日比谷音楽祭の目的でもある。その無料へのこだわりっていうのは「タダだからおいで」じゃなくて、敷居を低くして、とにかくみんなに日比谷音楽祭を観に来てほしい、音楽を体験してほしいというところにある。

 

その中で観た素晴らしい音楽やアーティストのCDを買う、コンサートに行く、グッズ買う、といろんな形でその後応援して、消費行動に移して欲しい。

 

この音楽をきっかけにさまざまな業種や人たちが交わる。みんなが音楽を応援するんだったら俺は陶芸家のことを応援してみようかな、とか、こういう人達を応援してみようかなっていう応援する気持ちをどんどん増幅して欲しいなあっていう風に思っているんです。そうやってしっかり還元されればアーティストの環境もサスティナブルになってまた新しい感動が生まれる。これが僕の考えている「音楽の循環」です。

 

沿道でマラソンランナーを応援してる時もそうだけど、応援するって気持ちよくないですか?この応援する気持ちよさっていうものを循環させていくことって、全部の物に応用できるんですよ。敷居を低くして、たくさんの人たちに関心を持ってもらって、好きになってもらう。この好きになってもらってからはじめてお金が使われて、経済が循環してくんですよね。

 

僕がニューヨークで見てきた景色のように、経済がまわっていくことによって、最終的にはたくさんの人が本当に幸せな日常生活を送っていくことができるっていうことが大切で、自分はその為に日比谷音楽祭をやっていきたいと思ってます。

 

 

 

 

 

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