自分自身について、事業について、未来について考えるきっかけを得ていただくための、第5回パイオニアセミナー『旅館再生を成し遂げた“素人女将”の働き方改革 ~借金10億円、背水の陣で得た答えとは~(講師:株式会社陣屋 代表取締役 女将 宮崎 知子 氏)』が1月24日(水)に実施されました。
急遽嫁ぎ先の老舗旅館の女将に就任したものの、借金10億円、倒産の危機、経営の素人といったまさに背水の陣。そんなどん底の環境で、突然今日から自分がその立場になったら、あなたならどうしますか?
今回のセミナーでは、陣屋の業績回復の軌跡とその間に宮崎さんが行ってきた数々の取組みについてお話いただきました。
新宿から小田急線で約1時間、神奈川県秦野市の鶴巻温泉「陣屋」は今年で創業100年の老舗旅館。いまでは、数々の将棋の対局が行われることや多くの宿泊客が訪れて大変にぎわっているこの旅館も、宮崎さんが女将に就任した約10年前の2009年には、10億円もの借金を抱え「明日には倒れてもおかしくない」という、存続の危機に直面していました。
あと半年で資金がショートしてしまうため、短期間での業績改善が求められる中、売上増と経費削減のために現状を洗い出した宮崎さんは「愕然とした」と言います。
顧客情報は入院中の前女将の頭の中、ネットから予約された情報も社内の紙台帳に書き写す二重管理状態。原価は全体管理のみのドンブリ勘定で毎月原価率(粗利率)が上下し、人件費はパート比率が高く月末まで不明、予実管理は売上実績のみを紙で管理し、予算は従業員に知らされもせず危機感が無い。経営分析すらままならない状態でした。さらに、2005年には約13,900円だった客単価も、就任当時には約9,800円まで落ち込んでいたのです。
そんな危機的な状況のなか、宮崎さんはまず経営を改善させるための方針を決定しました。2015年ごろには客単価を約30,000円に、つまり高付加価値で高単価、さらには低稼働率へと方向転換をすることを目指します。また、陣屋のコンセプトであった「物語に,息吹を。」から、物語をつなぐための多角化経営でブライダル事業を開始、おもてなしの実験場として貴賓室を活用するなど、古い経営体質から脱するためのチャレンジを打ち立てます。そして、徹底的な情報の見える化・活用、月次から日次管理への移行でPDCAサイクルを高速化するなど、無駄の多い旅館経営を脱することで業績回復を目指していきました。
次に目を付けたことは、新たに打ち立てた経営改善方針を実現するための基幹システムの導入です。当時市販されていたホテル・旅館向け基幹システムには要件を満たすものが存在せず、限られた投資の中では掲げた経営改善方針の具現化が困難と判断し、独自開発の路線へと進みます。
そんな折に、たまたまフロント係で採用面接を行った社員がエンジニアの経験を持っており、「一からのシステム立ち上げのためならば」と急遽システムエンジニアとして採用をしたことから開発がいよいよ現実化して前に進みます。当時はエンジニア職としては給料が払えないことから、夜勤の合間にシステムの開発を行っていたという、まさに苦労の積み重ねだったそうです。
この独自開発を進めたシステムこそが、陣屋の経営改善に大きく貢献をしたクラウド型基幹システム「陣屋コネクト」でした。
「陣屋コネクト」の開発を進め、すべての業務を陣屋コネクトに集約・一元管理すると同時に、目につくすべての無駄に着目をしてとことん改革も行っていきました。
お客様満足を追求すると必ず手間がかかっていた業務を、徹底的にIoTを活用して省力的に実現させました。温度センサーや風呂入口に人感センサーを付けて「見張り」を自動化させることや、到着した車ナンバーを自動的にカメラで認識して瞬時にお客様情報を認識すること、さらにはインカムでのやり取りを自動的にデータ化して見える化するなど、サービスの質向上を突き詰めていきました。
しかし、ITリテラシーが必ずしも高くない方がいる中で、こういった改革を進めることに「苦労もたくさんあった」と宮崎さんは語ります。システムにログインをしないと仕事にならない業務環境を構築することで、ITが得意でない高齢のスタッフに目の前で20分以上泣かれたこともありました。そんな中でも経営改善のために心を鬼にし、他従業員も巻き込みながらITリテラシーの教育を推進していったそうです。
徐々に経営が安定してきたところで、宮崎さんが重視したのはES(従業員満足度)向上でした。“非日常感”と満足度の高い“快適な空間づくり”を成し遂げるために、オペレーションや施設の改修を進めてきましたが、もっとも重要なのは従業員のやる気を引き出すことだと考えます。
改革のさなか、100名を超える従業員と直接面談をおこなってきた宮崎さんだからこそ、「押し付けにしないためにも、従業員を巻き込むことが大事」と考え、デバイスは個々人が好みに合わせて使いやすいデバイスを導入することや、日々の業務で使うマッチ一つとっても「一番自分が使いやすいもの」を探させるといった、小さなことから仕事をジブンゴト化させていると語ります。
さらに、営業日は常にフルメンバーでお客様を迎えて一体感をだすためにも、14年からは旅館業では異例の休館日を定めて週休2日制に、16年からは週休3日制を実施しました。有給休暇完全消化を実施することで、安定した休みの確保とプライベートの充実・自己研鑚で新しいことにチャレンジできる体制をつくっています。
こういった諸改革が功を奏し、売上げは10年の2億9千万円から右肩上がりで5億6千万円、+92%となりました。正社員の平均年収は+38%、離職率は33%から4%に下がり、人件費率も-27%を達成されました。
12年より陣屋コネクトのしくみとノウハウを他施設へも提供していますが、その導入支援を通じて、多くの旅館、ホテルにIT導入だけでは解決できない問題、施設単体の努力だけでは解決できない問題がたくさんあることがわかったそうです。そこで、宿泊施設同士が相互に連携・交換・助け合いできるしくみをIT化する、たすけあいネットワークサービス“JINYA EXPO”を立ち上げました。
「ITを活用して旅館の生産性が上がれば日本の観光が元気になる。ホテル旅館業をCS(顧客満足度)・ES・Profitの高い、憧れの職業にしたい」と話を締めくくりました。
宮崎さんからは、講演中に「もし(就任当初の)私と同じ状況だったらどう改革をするか?」や「ES向上のために、給与アップや休日を増やす以外に何をするか?」といった質問が投げかけられ、受講者は4名ずつのチームに分かれて議論を交わしました。
バックグラウンドの違う、様々な業種・会社の方の意見に触れながら、受講者は思考をストレッチすることで、大変活発にディスカッションを行いました。
受講後には、「実話にとても迫力がある。いくつも気づきがあった」「異業種だが、話がリアルで非常に興味深く聞けた」「業務改善+システム改善をまわしているがなかなかうまくいかない。その解決のためのアプローチのヒントを得られた」等、受講者それぞれが考えるきっかけや気づきを得られたセミナーとなりました。
次回のパイオニアセミナーは、2月19日(月)18:30~旭酒造株式会社 会長の桜井 博志さんにご登壇いただき『味わう酒を求めて~逆境経営を乗り越え、辿り着いた世界の獺祭とは~』を実施します。皆様のご受講をお待ちしております。
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