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【レポート】企業の枠を超えて ~いま求められる“越境学習”とは

インタビュー 2019/3/8

IT技術の進歩とともに、従来のビジネスモデルが通用せず、働き方も大きく変化する時代が到来します。

 

WASEDA NEOは、そんな激動の時代に備えて能力を高めるための“越境学習”の必要性について学ぶ『越境学習のススメ~キャリアを充実させるパラレルキャリア(複業)とは~』を2019年1月11日にサイボウズ株式会社をお借りして開催しました。

“越境学習”の専門家として知られる、法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貢教授を講師に、複業家としてマスコミからも注目を集める中村龍太氏をゲストとしてお迎えした当日のセミナーから抜粋してレポートします。

 

これからの時代を生き抜くために必要な“越境学習”とは?

これから先、どんな変化が起こり得るか。そのためにはどんな能力を鍛えるべきなのか。まずは、厚生労働省による2036年頃の私たちのワークスタイルの予測を例に、石山教授に解説していただきました。

 

「プロジェクト型の働き方が中心となり、企業の枠がなくなって、映画『オーシャンズ11』のようにプロフェッショナルたちが案件に応じて集まり、物事を動かすような社会が来るといわれています。そういう時代を見据えて、いま“越境学習”の必要性が叫ばれているのです」

 

「人生100年時代」になると、世代を追うごとに長寿命化する傾向にあるからこそ、「これまで“教育”、“仕事”、“引退”の3つのステージを一方通行するだけでよかったライフステージが、各ステージを行ったり来たりするマルチステージ型である必要性が出てくるわけです」と、石山教授は指摘します。

 

(法政大学大学院政策創造研究科石山恒貢教授)

 

また、そういう時代がやって来るからこそ、貯金や有名企業勤務といった「見える資産」ではなく、スキルや知識、仲間、評判、健康、多様なネットワークといった「見えない資産」が重要になると強調しました。

 

ところが、現在、日本の労働者の9割は雇用されていて、「“雇用絶頂社会”にある」と話します。1955年には、雇用されている人は半分以下で社会は成り立っていました。この数十年の人々の働き方の変化について、石山教授は次のように説明しました。

 

「映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に出てくるのは、鈴木オートの家族や駄菓子屋店主、作家志望など、会社に雇われていない人ばかり。昔は、自営で幸せに暮らす人たちがたくさんいる社会でした。ところが、ここ数十年でどんどん雇用前提の社会になっていったのです」

 

また、近年はパラレルキャリアや副業がトレンドワードにもなっていますが、一方で若い世代も含めて年々終身雇用を支持する割合は高まっていることから、「目の前に多様化の波が迫り来るといわれる今、人々に不安が生じ、逆に安定志向になっているのかもしれません」と石山教授は言及します。

 

しかし、安定的な環境の中で成長していくために、学ぶことに積極的なのかといえば、そうでもないようです。「厚労省のデータによれば、テレビやラジオ、読書などの学習までを含む自己啓発を行う正社員は50%を切り、リクルートワークス研究所の同様の調査では、自己学習を行う正社員の割合はたったの36.9%」だといいます。

 

学ばない日本人。果たしてそれでいいのだろうか?

今後、激変する社会で必要とされる“越境学習”について、石山教授はイギリスの組織研究で有名な著述家、チャールズ・ハンディが示す『ポートフォリオワーカー』のあり方を例に定義します。

 

「“越境学習”は、兼業や副業、学びなおしに留まらず、仕事以外でも、家事、育児、ボランティアやNPOでの体験といった、普段とは別の経験をすることで学びを得ることを指します。自分が慣れ親しむホームを超えてアウェイと往還することで、新しい知と知がつながるのです」

 

越境学習に踏み出す第一歩として石山教授がおすすめするのが、会社とは別の2枚目の名刺を持つことでした。その好例として、ロート製薬の事例を紹介しました。

 

ロート製薬は、副業をいち早く解禁した企業として知られています。そもそもは社員のボランティア経験が本業に活きたことをもっと日常化したいと考え、社員によるプロジェクト提案で『社外チャレンジワーク』(兼業・副業の解禁)が実現したそうです。現在社内には70名の副業者がいて、調剤薬局、コンサルタント、放送作家、ローカルプランナー、NPOのほか、広島県福山市の戦略顧問として副業で働く社員もいるそうです。

 

そうした異業種同士が集まる、パラレルキャリアで得られる重要な利点について、石山教授は次の3つを挙げました。

 

  • 組織の中のような垂直型ではない、水平型の『シェアード・リーダーシップ』を発揮できる
  • 社外でゼロベースの実験を繰り返し、失敗を重ねることで『デザイン思考』が鍛えられる
  • バックグラウンドの違う人たちが集まることで暗黙の了解が取り払われ、視野が広がる

 

しかし現状では、データを見ても兼業・副業者は圧倒的に少なく、むしろ禁止している企業が多いのが現状です。そうした中で、パラレルキャリアの築き方や“越境学習”をするための最初の一歩の踏み出し方について、石山教授からアドバイスいただきました。

 

「自分のやりたいことを振り返り、小さなことから始めてみることをおすすめします。たとえば、学生時代の友達と勉強会を始めて、実際に企業に持ち込んでもいいと思います。これからの時代の生涯の学びを、法政大学の児美川教授は“銀行型から料理教室型”にシフトしていくと唱えています。つまり、生涯のキャリアデザインをする上で、先生から教わった知識=お金を銀行に預けて、それを預金のように引き出して使っていくだけでは、新しいことに対応できません。でも、一度料理の作り方を習得して、自分で料理のレシピを開発していきさえすれば、ずっと使い続けられるスキルになるのです」

 

パラレルキャリアがもたらす幸福度と落とし穴は?

 

続いてご登場いただいたのは、以前本サイトでもご紹介した複業家の中村龍太氏です。サイボウズで週4日勤務し、残りの曜日では業務委託先のNKアグリでリコピン入りの人参作りに参画するほか、個人で事業を行うコラボワークスの代表も兼務するという3足のわらじを履くマルチキャリアぶりです。

(複業家として知られる、中村龍太氏)

 

幸せなパラレルキャリアを体現する中村龍太氏に、石山教授が複業のいい面、悪い面などのあらゆる点から話を聞くトークセッションが始まりました。

 

石山教授:勤務していた日本マイクロソフトからサイボウズに移った経緯について教えてください。

 

中村氏:前職の同僚にサイボウズに転職した知り合いがいたことがきっかけです。その人がサイボウズの働き方をSNSでシェアされていたため「いいね!」したことを機に、その後一緒に飲むことになりました。日本マイクロソフトは外資系なので多くの社員が定年まで勤めずに卒業するのが普通で、自分もいつかは卒業するだろうなと思っていましたが、その知り合いを通じてサイボウズから転職のお声がけをいただきました。

 

石山教授:そこから複業しようと思った経緯は何だったのですか?

 

中村氏:サイボウズの給料がマイクロソフトよりも半分になってしまうことから、大学生を二人抱える家族であったことから、複業が始まりました。その後、もともとマイクロソフトにいた頃から、社内のキャリアコンサルタントと話す中で「IT企業の経営コンサルタント」「子どもにITを教える」「大学の研究」「農業」といった今後やりたいことが言語化されていたので、いずれそういう仕事をやってみたいと考えていました。それを叶えるために、複業という形で人体実験的にチャレンジしてみようと思ったのです。

 

石山教授:やりたいことを実行していくまでのプロセスが実はあったのですね。複業の働き方にシフトしてみていかがでしたか?

 

中村氏:最初の複業先は同じIT企業で業種も同じだったので、今までとそう大きくは変わりませんでした。その後、その複業先の企業もサイボウズのパートナーとしてつなげることができました。そうやってサイボウズにも貢献する事例を作ったことで、まるで同じ会社にいるような感覚で、出向しているようなイメージでしたね。

石山教授:違和感がなかったわけですね。

 

中村氏:ただ、その会社の契約が終わって、その合間をどう埋めればモヤモヤせずに1日過ごせるだろうか?というときはありました。でも、やろうと思えばいろいろ仕事はあるものです。たとえば最近は、これまでやってきた実績がたまってきたので、自分のホームページを制作しています。そうしたアウトプットも、直接利益を生むものではありませんが、複業する上で重要だと考えています。

 

石山教授:仕事の依頼についても請けるか断るか、優先順位の基準をつけないといけなくなりますよね。

 

中村氏:おっしゃるとおりで、3つの仕事をいかにマネージメントするかが重要です。仕事を請ける優先順位は、まずはお金。それから、実績を作るためにタダでもいいからやりたいかどうか。そして、人脈主導で埋める仕事ですね。

 

石山教授:複業を通じて、サイボウズへの還流例としては、どのようなことがありましたか?

 

中村氏:ある意味、社内兼務のような延長で、複業先をサイボウズのパートナーにしたこともあるのですが、これもサイボウズへの還元につながっていると思います。ほかにも、複業をする中で必要性を感じればサイボウズのビジネスにつながる流れを作る、といった知の還流は多々あります。

 

石山教授:龍太さんがマスコミで注目されるようになったそもそものきっかけは、NKアグリでの仕事がひとつの転換点だと思いますが、これまでやってきたことと違った点はどこにありましたか?

 

中村氏:人参は収穫時期があるので、1年中取り掛かる仕事ではありません。ITを使って人参の成長管理や出荷予測を手がけ、『IT×農業』の事例を作ったことで、農水省に招致されたり、さまざまな講演に呼ばれたりするようになりました。農は人の身近なものなので、「収穫祭をやるので人参を食べにきませんか?」と声をかければみんな気軽に来てくれて、人脈が広がりやすくなったということはあります。

 

石山教授:今伺っている限りでは、複業はいいことだらけのような気もしますが、複業の留意点についても教えてください。

 

中村氏:注意が必要なのは、複業する企業の内部情報を外部にアウトプットするときです。私は過去に、サイボウズの社内研修の内容について論文を書き、それをKindleとしても販売したのですが、そのことによってサイボウズの経営会議にかけられました。会社の資産であるはずなのに、個人の収益になってしまっていいのか、というところが問題視されていたのです。

でも、私は論文を書くことは公明正大に部内で共有していました。ただ、Kindle本にすることまでは言っていなかったのは、そこはまずかったなと思います(笑)。最終的にはお咎めなしでしたが。その決め手となったのは、サイボウズを毀損しているかどうかです。あくまでもサイボウズの優れた点について書いたものなので、今も本は変わらず販売しています(笑)。

 

石山教授:こういう話は、今後ほかの企業でもたくさん出てきそうですが、企業のスタンスが問われる話ですね。他にはヒヤッとする場面などはありましたか?

 

中村氏:ある一部上場企業の部品メーカーから、農業コンサルティングの依頼が来たときのことです。当然、既に農業関連のことですので複業している会社に報告するべきだと思いました。でも、そのプロジェクト自体が、株価に影響するかもしれないインサイダー情報だったので、むやみに外に出せる情報ではありませんでした。このようなときは特に、情報をどこまで出していいかを副業先に確認するようにしていて、そこは自身で徹底しています。

 

石山教授:プロジェクト単位でのワークスタイルが主流になったときは、情報管理がポイントになってきそうですね。他にも、たくさん複業をしすぎて忙しいなどの問題はどのように解決していますか?

 

中村氏:私の場合は、相手も複業していることがわかっているので、お断りするときは理由を言ってご理解いただくようにしています。それから、仕事のリソース配分などもサイボウズにはグループウェアの予定でオープンにしています。こういうことは、本業だけではなかなかできないことだと思います。

 

石山教授:最後に、お金についてもお聞かせください。複業を軌道にのせてお金を最大効率化する工夫はありますか?

 

中村氏:私の場合、どの雇用形態で働くほうがいいかは、税理士に相談して決めました。当初、サイボウズが正社員、もう1社は業務委託としました。それ以外の仕事はフリーランスですが、費やされたコストを引き算した利益が事業所得になります。そのコストには、自宅の執務室で使うエアコン購入や固定資産税、車に関わる税金の一部などが含まれます。一部経費で使える生活の方が手取りで得した気分にはなります。かかった経費の分、税額控除が増えますし、会社の社会保険にも入れる正社員と非正規社員のミックスはお得です。

 

石山教授:複業のメリット、デメリット、気をつけるべきこと、お金の面など、本日は総合的に教えていただきました。龍太さん、ありがとうございました。

 

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昨年、複業における市場開拓が認められて、中村龍太氏はサイボウズで社長室長に昇進されました。さらに、部下は1人を除き全員が複業者だといいます。そうした組織でマネジメントスキルはかなり鍛えられたと語ります。そんな中で、直属の上司であるサイボウズの青野社長に、なんと「報酬を減らしてほしい」という変わった相談をしたそうです。その理由について次のように語りました。

 

「私の報酬が下がった分、若い人にお金を回した方がいいと思ったのです。お金を減らした分、また何か新しいことが入ってくるかもしれません。その代わり、ベネフィットは必要に応じて相談させて欲しいと社長にお願いしました。いずれにせよ、現在の働き方になってから、日本マイクロソフト時代から比べたら、幸福度は確実に上がっています」

 

そう笑顔で語る中村龍太氏が幸せなパラレルキャリアを築けたのは、組織の枠を超えて、“越境学習”を実践してきたからこそです。“越境学習”は、北欧のような幸福度の高いワークスタイルに近づけるステップの一つなのかもしれません。

 

WASEDA NEOでは、今後もさまざまな働き方や次世代の働き方に合わせたキャリア関連の講座を、定期的に開催していく予定です。講座の最新情報についてはWASEDA NEOのWEBページをご覧ください。