エステーのCMに見る、小が大に勝つマーケティング戦略とは?

インタビュー パイオニア・コミュニティ 2019/11/21

2019年10月17日に実施したパイオニアセミナーでは、企業人でありながらヒットCMメーカーとして知られる、エステー株式会社 エグゼクティブ クリエイティブ ディレクターの鹿毛 康司 氏にご登壇いただきました。

 

鹿毛氏は低予算のハードルを超えて、「消臭力」「ムシューダ」「米当番」等の自社CM制作を自ら手がけ、日本の広告費ランキング200位圏外だったエステーを15年連続でCM好感度上位に押し上げた功労者です。

 

近年、SNSなどのツールで多様化するマーケティング・コミュニケーションの成功事例もご紹介いただきました。当日のセミナーの内容を一部抜粋のうえ、レポートします。

 

(プロフィール)

エステー株式会社 エグゼクティブ クリエイティブ ディレクター

鹿毛 康司 氏

 

世にないことをやって「小が大に勝つ」をモットーに、別名「特命宣伝部長」として15年に渡り、エステーのコミュニケーション領域の責任者を務める。就任1年後、日本の広告費ランク200位圏外のエステーを一気に34位のCM好感度企業に格上げし、「躍進企業賞」を受賞(CM総合研究所)。2015年、日経企業イメージ調査で「良い広告活動をしている会社」として広告費規模からは類を見ない日本5位にランクイン。広告費30億のエステーが広告費200億円企業と肩を並べるパフォーマンスを15年間継続中。現場では広告会社や制作会社と協働でクリエイティブワークを行ない、CM製作において監督、プランニング、作詞・作曲までもを担当し、「フマキラー」や「地方塾」のCMも手がける。ヒットCMメーカーとしては個人で国内トップ30位内にランクイン(CM総合研究所調査)。YouTubeがなかった2004年からネットでの動画配信、2006年からは自らTwitterでつぶやくなど、時代を先取りした独自のネット展開手法を開発。

 

|マーケティングの定義とは?

 

冒頭で、エステーのCM動画を会場で披露する鹿毛氏。そのクリエイティブの内幕が紹介され、会場は驚きの声が上がりました。制作のディレクションだけでなく、なんと企画から演出、CMソングの作詞・作曲、ギター演奏、歌唱までを鹿毛氏が担当しているというのです。鹿毛氏はその経緯について語ります。

 

「エステーは500人規模の小さな会社です。CM制作ともなれば、広告代理店に依頼するのが一般的ですが、弊社の広告費の規模は、トップランキングで見ると200位圏外。桶狭間の戦いに例えるなら、圧倒的劣勢にあった織田陣営と同じです。だからこそ、小は大に勝つことがテーマ。必然的に自分たちで制作した方が早いと考えました」

 

会場の受講者に向けて、テンポよく鹿毛氏から「広告・マーケティングとはなにか?」という問いが投げかけられます。

 

受講者からは、「顧客側が求めるワクワクすることを適切なタイミングと手法で届けること」といったさまざまな回答が飛び出します。しかし、「この問いに対する現状の答えはない」と、鹿毛氏はきっぱり。その理由とは?

 

「技術の進歩で今までできなかったデジタルマーケティングがどの会社でもできるようになってきました。そして、そもそもデジタルがビジネスそのものを変えてしまい、マーケティングさえ不要では?といわれる時代に移行しているのです」

 

|鹿毛氏流マーケティングは、“愛”がテーマ

 

 

「マーケティングは自分で定義するものであり、僕の定義は“愛”」と語る鹿毛氏。これを恋愛の例え話で分かりやすく説明されました。

 

「あなたが男性だとして、合コンに参加し、目の前にいる4人の女性から1人だけ口説くこと」。

 

鹿毛氏は考えるヒントとして、基本のマーケティング理論を提示しました。

 

・セグメンテーション:どんなお客様がいるか?

・ターゲティング:喜んでもらうお客様は誰か?

・ポジショニング:何で喜んでもらうのか?

 

「2時間の会食として、話ができるのは実質1時間程度。まずは自分がどんなタイプかを考えると、自ずと口説く相手は決まってきます。たとえば僕は、仕事に没頭して休日も仕事するし、誘われればたまには遊びに行くタイプです。」

 

ここでユーモアたっぷりに、しかし的確に理論に当てはめてセグメンテーション、ターゲティングをして見せます。

 

「そんな僕が相手にしてはいけない女性は、“いつも一緒にいたい派”の女性です(笑)。となると、“1人で活動したい派”の中の“甘えたいタイプ”がターゲットになりますが、こういうタイプの女性に合わせて、例えば人気ランキングトップのブランドもののバッグをプレゼントすればよいのでしょうか?」

 

このとき重要なのは、ただ単にマーケティング手法や過去蓄積されたデータを駆使するだけでなく、「その場にいる人を観察・想像して、その先にあるストーリーに思いをめぐらせること」といい、相手の女性の特徴や見えない背景、そしてこの先起こりうるドラマを次々と具体的に語りました。この面白くかつ納得感のある鹿毛氏の説明に、多くの受講者が深く頷いていました。

 

|マーケティングするうえでの間違い

 

 

マーケティングの基本知識を内包したユニークな課題で会場が盛り上がったところで、鹿毛氏はマーケティングの注意点を指摘します。

 

「マーケティング論はもちろん重要です。ただ、机の上でマーケティング用語を並べて手法を駆使するだけの時代はすでに昔の話。それよりも、どんどん変わる時代の潮流をしっかり見て、新たな軸や新たな表現の仕方を常に考え、見直していくべきです」

 

さらにその方法について語ります。

 

「ネットや調査でユーザーの足跡やプロセスは分かっても、人の心までは分かりません。涙は数値化できないということに似ています。それが悔し涙なのか、嬉し涙なのか、または、嘘泣きや逃げの涙は測定できるのかといえば、それはできません。データからは見えない、人を観察し、その生活を想像するということが重要です」

 

 

|成功した偉大な広告事例には、観察と想像が生み出したユニークな企画プロセスがある

 

ここで鹿毛氏が提示した広告・販促事例がとても分かりやすかったので、一部をご紹介します。

 

(本屋大賞)

「本屋大賞」とは、本の売上が低迷し始めた時期に、売場からベストセラーを作ることを目的に創設された賞で、ご存知の人も多いと思います。

 

「これまで、出版社が作ったお仕着せの賞を冠した本ばかり売ってきた書店員も多かったでしょう。“書店から作り出すベストセラー”は本をよく知り、お客様と毎日接している書店員のモチベーションとプライドをくすぐり、本屋大賞は書店員からも読者からも大きな反響がありました。他者の権威や箔付けがある本をただ売ることは、そもそも書店員たちの根本の欲望に応えられていなかったのです。これは現場で働く書店員を観察し、対話して、書店員や読者の日々を想像したことで生まれたユニークな企画です」

 

|「自分の中の大衆」と相談することが大切

 

さらに、マーケティングの本質に迫る鹿毛氏。

 

「表面に見える行動・意識・感情だけではダメ。自分でも気づいていない深層心理を探り当てることが重要です。そのためには例えば、会社員・主婦、女子高生、男の子などそれぞれの立場になって、頭の中がわかる必要があるかもしれません。そのうえで深層心理には、多様な立場の人の間で共通するものが数多く内包されていることに気づくと思います」

 

人々の深層にある心理の一例として、鹿毛氏はたまにこっそり1人で食べているというあるメーカーの板チョコについて触れました。

 

「この板チョコを食べる動機を深堀りしてみると、まずは安いという理由があります。それから、レジの横に置いてあるので手に取りやすいし、子供の頃から食べているブランドだから選びます。ここまでは容易に想像できます。では、なぜ僕があくまでたまに、しかも1人でこっそり食べているのかを内省し、深く考えると、僕は会社の役員だから、表向きは童心に返って甘ったれた少年の顔はできません。でも、できないからこそ、少年に戻りたいという自分の願望が無性に湧いてきて、ときどき僕はこの板チョコを手に取るのだと気づきました。そう思って、縁あってメーカーの担当者に話を聞いたとき尋ねると、大当たり。中高年の世代が、実は購入者の年齢層として集中していて、その需要も見据えて確信的に販売しているとのことでした」

 

 

|人に向き合い、自らが積極的に関わるコミュニケーションが、「消臭力」の名CMを生んだ

 

現在、関東だけで1カ月に300種類のCMがオンエアされる状況にあると説明する鹿毛氏。つまり、数多く宣伝できる資本力の強い大手企業の中で小資本の企業は埋もれてしまい、自社のCMやロゴ、商品は人の記憶にはほとんど残らないのが現状だといいます。

 

さらに、急増するインターネット広告の中ではもっと熾烈な競争があり、マーケティングが複雑化した状況があります。

 

そんな状況下で、1000億円の広告予算を持つトップ企業と肩を並べて、広告規模において200位圏外のエステーが勝つには、独自のクリエイティビティを発揮する必要があったといいます。現状のマーケティングについての見解を述べる鹿毛氏。

 

「ただ単にネット広告などのツールを購入しても何もストーリーは生まれません。テレビが普及するのに30年間かかったのに対し、スマホはたった10年で8割の人が使うまでに普及しています。これまではそもそもメディアの選択肢自体が少なかったけれども、今は新たなメディアが急速に普及していくことで、その時々にあった適切なメディアを選ばなければなりません」

 

鹿毛氏がストーリーを綿密に描き、巨大メディアではなく丁寧なコミュニケーションから作り上げられた企画で誕生したのが、好感度の高いCMとして1位に選ばれた、ミゲル君が出演する「消臭力」のCMだったといいます。

 

CMが制作されたのは、東日本大震災直後のこと。250年以上前にこの震災のように大きな地震が起きて6万人の犠牲者が出たというポルトガル・リスボンをオーディションの地に選び、歌の上手な、幼い少年・ミゲル君に出会いました。その後、T.M.Revolutionの西川貴教さんが消臭力CMをツイートしてくれたことからファンの方が私たちと西川さんを繋げてくれて、ミゲル君がT.M.Revolution震災支援ライブへ出演することになり、その模様がそのままCMになって…。これが話題と反響を呼び、自然とテレビやWEBメディアにも注目され、広告露出は18万件にも上ったといいます。

 

一見、奇跡の連続のように見える一連のストーリーは、鹿毛氏が周囲の環境(震災直後)やお客様(ツイッターのフォロワーや消費者の求めるもの)、繋がり(著名人やファンの方々との積極的かかわりや感謝)を想像しながら、自らが身体を動かし、丁寧に積み上げていった結果もたらされたものでした。

 

「西川貴教さんが企画する震災支援ライブでは、エステーも自主的にブースを出してトイレにも消臭力を置きました。エステーには、西川さんが大好きすぎて入社してきたという女性社員がいます。彼女をメンバーに取り込み、エステー特命宣伝部としてツイッターのアカウントを創設。西川さんのファンの方が、なんとエステーの私たちにプレゼントをくれるといった交流まで生まれるようになりました。ファンという括り方だと同じような集団に見えても、中には工場経営者やマスコミ勤務の方、看護師などいろんな人がいます。そういう方々が、私たちのCMを主体的に宣伝・拡散してくれることで、大きな力になっています。ブランディングについても、社内の枠を超えて、みんなで一緒にやる時代だと実感しています」

 

このように、人とのつながりを大切にするマーケティングと、幅広いコミュニケーションの原点は、西川さんとミゲル君の震災ライブでの共演CMに至る一連の出来事にあると振り返る鹿毛氏。

 

今後については、自ら体を張りYouTuberデビューも辞さないというビジョンまで語られ、鹿毛氏の止まるところを知らないパワフルさに受講者は大いに刺激を受けました。

 

デジタルがビジネスのあり方を変えて、従来のやり方だけではマーケティングが立ち行かない状況にある現在。入念にストーリーを描く観察と想像、そして準備の重要性、丁寧なコミュニケーションであらゆる人を巻き込みながら人の心をとらえるという、マーケティングにおける”愛”の重要性が学べるセミナーとなりました。

 

 

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