10月29日のパイオニアセミナーでは、“ワーク・ライフ・バランス”のシンボル的存在として知られる佐々木常夫氏をお招きし、オンラインで開催しました。
自閉症の長男を含む3人の子どもと、肝臓病やうつ病で入退院を繰り返す妻を守りながら、東レ(株)取締役を経て、経営者として数々の成果を上げてきた佐々木氏。
多様な働き方が広がり変革を迫られる時代のマネジメントとリーダーシップのあり方とは?
当日のセミナーの内容から一部抜粋の上、ご紹介します。
佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役
佐々木 常夫氏
秋田市生まれ。1969年東京大学経済学部卒業後、東レ株式会社に入社。自閉症の長男を含む3人の子どもの世話と肝臓病とうつ病に罹り入退院を繰り返す妻の世話に忙殺される中でも仕事への情熱を捨てず、事業改革に全力で取り組む。東レ3代の社長に仕えた経験から独特の経営観を持つ。2011年ビジネス書最優秀著者賞を受賞。
東大卒業後、東レに入社して所帯を持ち、3人の子どもに恵まれた佐々木氏。しかし、長男が自閉症であったことそして頼りにしていた妻までもが、急性肝炎と、ストレスが原因でうつ病になりました。
「このときばかりは終わった」と絶望しそうになった当時を振り返る佐々木氏。冒頭から、家族がこれまで経てきた、壮絶なストーリーが語られました。
当時の佐々木氏は、朝は5時半起床で家族3人分の食事と弁当作り、課長の役職を務めながら、18時には退社。土曜日は妻が入院する病院へ行き、日曜は1週間分の家事をこなす生活をしていたといいます。
当時は今のような「働き方改革」が始まる半世紀近く前の時代。夫は外で働き、妻は専業主婦として家庭を守るというのが一般的であり、男性は猛烈サラリーマンのごとく残業や休日出勤をするような時代でもありました。
佐々木氏はこのとき仕事も家族もあきらめず、仕事の生産性を高め、成果を出すことに工夫と努力を重ね、家族のために18時に退社しながらも、仕事で成果を出していきました。2001年には同期の中でもっとも早く取締役に出世し、2003年からは東レ経営研究所の社長に就任します。その過程には、佐々木氏が身を持って会得した、数多くのポイントが詰まっていました。
佐々木氏の経験をもとに書かれた感動の手記『ビッグツリー 私は仕事も家族も決してあきらめない』(WAVE出版)
既存の仕事スタイルだと、膨大な仕事や会議、資料作りなどに時間をとられ、定時には帰れません。そこで、“タイムマネジメント”をベースに仕事の仕方を変えた佐々木氏。
タイムマネジメントとは、「時間の管理」ではなく「仕事の管理」「時間を管理する前に、もっとも大事なことはなにかを正しくつかみ、やるべき仕事の選択と管理をすること」だと佐々木氏は説明します。
定時までに仕事が終わらないと嘆くビジネスパーソンは多いと思います。その点、佐々木氏は、18時で退社するために、見切り発車で仕事にとりかかるのではなく、いかに計画的かつ戦略的に仕事するかを徹底したといいます。数々の経験から編み出された仕事の進め方のポイントが紹介されました。
「同じ仕事でも1週間かかる人とその倍かかる人がいるのは、能力差ではなく、そもそも計画的ではないから。まずはすぐに走り出さずに、優先順位を決め、重要度にあわせてどれくらいやるべきかを考えるべきです」(佐々木氏)
佐々木氏が統括する課では、それまで月60時間の残業が当たり前でした。そこで、部下に業務計画書を提出させた上で、重要度を見極めて差し戻し、部下に明確に仕事を発注するスタイルを徹底。
「プレイングマネジメントをするのではなく、組織の成果を上げて、部下を育成する」をモットーに仕事を進めた結果、佐々木氏配下の課の残業時間は、異例の1桁台に短縮することに成功します。
また、かつて土日はほとんど出勤、毎月150時間も残業していたという佐々木氏自身の「時間節約・効率的仕事術」に関するエピソードも非常に参考になる内容でした。
佐々木氏がある時、仕事のフォローアップをしてみたら、次から次にやって来る仕事を、都度いちから必死に考え、書類や計画を作成しているということに気づきます。そこで、保管されているすべての過去の書類を読み込んで整理し、半分は捨てることに。
「会社の仕事というのは同じことの繰り返しです。結局、一番優れた作品として残されているのが資料なのです。思いつきのような“プアなイノベーション”よりも、先人たちの“優れたイミテーション”を賢く活用すべき。過去の資料からフォーマットや着眼点をいただくのです。仕事が発生したらまずは、その件に関して社内の一番詳しい人に会いに行きます。どこにアクセスすればデータをとれるかを事前に把握しておくことが大事なのです」(佐々木氏)
テレワークが増えつつある現在も、会議や打ち合わせの多さとそれにとられる時間に悩まされるビジネスパーソンは多いでしょう。佐々木氏が実践した時短術と効率化も、意外とできている人は少ないのではないでしょうか。
「突き詰めると、3回に1回は出る必要のない会議でした。私は政府の審議会をやってきましたが、官僚はていねいに事前の説明に来ようとします。2人に2時間ずつ会えば4時間かかることになるので、限られた時間を工夫するためにも、事前にデータをもらってそれをきちんと読むようにしていました」(佐々木氏)
一方で、組織で働く佐々木氏は、自分の評価を決める上司との付き合い方は最重要課題としていました。
「上司と打ち合わせをするときは、かならず事前に簡単な文書で要点を提出してから相談するようにしていました。それを繰り返していると、30分の打ち合わせが15分になり、結果的に自分の仕事がやりやすくなるのです」(佐々木氏)
東レの課長や取締役を経て、東レ経営研究所の社長に就任した佐々木氏は、トップとしてさらに広い視点を養うようになります。佐々木氏が会得した自分と人を活かすリーダーのあり方は、シンプルです。
「働き方とは生き方のこと。自分なりの考えがなければ、部下を率いることはできません。マネージャーの役割は部下を成長させることにあるので、プレイングマネジメントをしていたらそれができなくなります」(佐々木氏)
“ワーク・ライフ・バランス”というと公私をきっちり分けるコンサバティブなイメージもあります。その点、家の事情で18時に退社しなければならず、業務効率化や時短を実践していた佐々木氏ですが、現場での信頼関係作りを徹底していたことにも注目すべきです。
佐々木氏が東レで課長を務めていた頃、本来は年に1回行うべき部下との面談を年に2回実施。1人につき平均2時間以上かけてやっていたエピソードには、佐々木氏の人柄がにじみ出ていました。
その後、当時の部下から届いた年賀状には、『あの頃の課長との面談が待ち遠しくて楽しくて仕方なかった』と書かれていたほどです。
「部下との面談では、もちろん業務効率化の話をたくさんしますが、社員はそれぞれ事情を抱えているので、まずは『ご家族は元気?』『何か悩み事はある?』といった話を十分聞いてから仕事の話を始めていました。信頼関係がない職場は極めて効率が悪くなるものです」(佐々木氏)
組織は十人十色なので、管理職はつい仕事ができる人を中心に回しがち。その点、上のエピソードに表れているように、佐々木氏流のマネジメント術は、「聞く」ことを重視します。
「社内でもクセがあり、変わった人はちょっとケアすれば大きく伸びます。リーダーは多くを語らず、多くを聞いて、みんなで考えて議論できる場を提供すべき。すると組織のパワーが上がるのです。それからビジネスはいつ突発的なことが起こるかわからないので、リーダーは時間的な余裕を持つことが重要です」(佐々木氏)
さらに、これからの時代に必要とされる管理職のあり方が語られました。まずは、いない方がいい管理職は、「伝達・承認するだけ」の仕事しかできない人。
「部下に資料を作らせて報告させ、それをチェックし、上司に報告する仕事しかできない管理職ならいない方がいい。それから、取引先の部長にあって挨拶するだけの人。要するに生産性がない管理職を指します」(佐々木氏)
逆に、必要とされる管理職のあり方について、「自分と人を生かすマネジメント」ができる人だと言及します。
「主体性とオリジナリティを持ち、社員が生き生きと働くためのサポートをしたり、エンゲージメントアップをしたり、部下のやる気を引き出して成果に変えたりできる人が、これからの時代に必要とされる管理職です」(佐々木氏)
後半では、受講者が印象に残ったことを言葉にしてアウトプットすることで、学びを深めるセッションを実施。
受講者からの要望で、佐々木氏自身がバイブルとしているスティーブン・R・コヴィーの著書『7つの習慣』から学んだ考え方についても教えていただきました。
7つの習慣の中でも、佐々木氏がモットーにしていることが、「主体性や当事者意識を持つ」「目標を持つ」「今何が大事かを考える」の3つで、これまで語られた哲学とも合致していたのが印象的でした。
*
人の何倍も苦労をしながら、組織で活躍し、人を動かし、広い視野と知識を蓄積してきた佐々木氏。
家族の大変な苦労を乗り越えて、会社員として管理職から経営者に至るという、双方を諦めずに大切にしてきた佐々木氏だからこそ、幸せな働き方の本質や人を活かす術に説得力がありました。
パイオニアセミナーは年間通じ、定期的に開催しています。今後の詳細は、こちらをチェックしてください。
https://wasedaneo.jp/waseda/asp-webapp/web/WNewsDetail.do?page=125