誰もができるようで、されど難しい「考える」という行為。歴史をさかのぼっても、すぐれた「考え方」ができる人が、数々の突破口を切り拓いてきました。昨今では「自分の頭で考える」というフレーズがビジネス誌や書籍を賑わすこともありますが、そのような当たり前のことを問わなければならないほど、現代社会は「考える」ことの大切さを見過ごしがちなのかもしれません。
ただ、世の中がそうであるならば、率先して「考える力」を養い、実践することが、新しいビジネスの糸口を見つけ出すこともきっとあるはずです。WASEDA NEOでは、「考える自分を取り戻す、未来を語り合う」をための「パイオニア・コミュニティ」(会員制)を設けています。そして、コミュニティの活動の一つとして、各界でイノベーションを起こしてきた方をお招きする講演プログラム「パイオニアセミナー」を実施しています。
2018年6月14日、第10回のパイオニアセミナーでご登壇いただいたのは、数々のWebサイトやコンテンツ、ゲームアプリを手がけ、ユニークな人事制度などの企業運営でも注目を集めてきた面白法人カヤック 代表取締役CEOの柳澤大輔氏です。
アイデアを出し合いブレインストーミングによって企業文化を作ってきたというカヤック。その企業の成り立ちや考え方は、組織論としても参考になるだけでなく、個人においても援用できるポイントが数多くあります。柳澤氏による2時間のセミナーを、一部編集してお伝えします。
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面白法人カヤック代表取締役CEO
柳澤大輔 氏
1998年学生時代の友人と面白法人カヤックを設立。2014年12月東証マザーズ上場(鎌倉市唯一の上場企業)。鎌倉市に本社を置き、Webサービス、アプリ、ソーシャルゲームなどオリジナリティあるコンテンツを数多く発信する。
2015年に冒険法人プラコレがカヤックグループにジョイン、2016年には株式会社ガルチもジョイン。同年カヤックハノイ支社、鎌倉自宅葬儀社を設立する。100以上のWebサービスのクリエイティブディレクターをつとめ、Yahoo!JAPANインターネットクリエイティブアワード等Web広告賞で審査員歴も持つ。ユニークな人事制度等を発信し、新しい会社のスタイルに挑戦中。2015年(株)TOW社外取締役、2016年に(株)クックパッド社外取締役就任。
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面白法人カヤックは学生時代からの友人3名と作った会社です。現在は単体で332名、連結子会社を含めると410名の規模になりました。
創業以来、僕たちが大切にしてきたのは「何を」「誰と」「どこで」するかの3点です。特に、僕らは「誰と」するかをもっとも重視してきました。20年前に創業したとき、世の中はITバブル直前でした。多くの先輩経営者から言われたのは、会社は「何を」するかが大事だということ。僕らの「誰と」仕事するかを重視する姿勢は、あまり理解されてこなかったように思います。
たしかに会社は「何を」のために作られた仕組みですが、僕らは3点がすべて揃っていなければ幸せじゃないだろうと考えています。世の中では依然として「何を」が重要視されますが、「誰と」と「どこで」はこの20年間で価値が増している感覚があります。
創業から変わらないのは「面白法人」という人格です。僕を含めた創業者3名は、人を楽しませたり面白がらせたりするのが好きなエンジニアで、自分たちが飽きっぽいこともあって、短期でも結果が見えやすいコンテンツ業界に狙いを定めました。会社を作る上で調べてみると、「法人」とは一つのキャラクターを作ることと同義であるという話に行き着きました。それなら面白い方がいいだろうと、「面白法人」を名乗ることにしたのです。
カヤックがしているのは、面白法人という言葉を突き詰めていく旅です。その旅は会社を研ぎ澄ませていきます。そして、3点のうちの「どこで」に関しては、強い意志を持って「鎌倉」を選びました。選んだ理由は、僕らが実際に住んでみて良さを感じた場所であること。そして、社会の未来を進化させる意味でも、東京一極集中ではなく地方への貢献を考えたことにあります。
創業したとき、周囲からは「友達とビジネスをすると、後からお金で絶対にもめる」と言われました。そうならないために思いついたのが、すでにいろいろなところで取り上げていただいている「サイコロ給」です。基本給にサイコロの出目のパーセントを掛けたものが、給料に上積みされます。たとえば、月額30万円で「6」を引いたら、30万円×6%=1万8千円が給与にプラスされるのです。サイコロで給料を決めるなんて、世界中の上場企業でもカヤックだけだと思います(笑)
そもそも、なぜお金でもめるのでしょうか。たいていはお金がないときよりも、事業が軌道に乗り始めてからもめるものですが、その最大の理由は「評価」です。では、「評価」とは何かを考えると「認める/認めない」という価値観です。自分の価値観では認められないものを、人間は評価できないわけです。
僕らはエンジニアであり、ものを作ってきたので、「すごいもの」を作った人が認められるという価値観が共通していました。つまり、職種を揃えたメンバーであれば、価値観も揃うだろうと考えたのです。さらに経営戦略の本を読むと、「事業はしぼれば勝てる」と書いてありました。僕らの事業は多角化しそうなので、せめて組織戦略をしぼることに決めました。
だから今でも、カヤック社員は94%がクリエイターで、技術に関心のある人が揃っています。カヤックは「面白さ」が表に出がちですが、クリエイターを揃えたことで、実は業界内では技術力の高さで評価されている会社なのです。
「評価」は企業の文化をも作ります。そこで会社は、事業だけでなく、生き物でありコンテンツであると考え、会社自体を面白いことにできるのではないかと考えました。
前述したサイコロ給は良い例ですが、堅い世界の中で、一見すると違和感のあることをすると、結果的にすばらしい考えや共感できるものが生まれて世の中を変えていくと思います。常識ではあり得ないことに、給料をサイコロで決めたから世間で話題になりました。その考え方こそが、面白法人にとって最大の遺伝子を作っていくことに、後々気づいていくことになります。
ほかにも、人事ではNPS(ネット・プロモーター・スコア)を重視し、「楽しく働けているか」を社員全員に問うています。顧客満足度を測るのに用いる指標ですが、事業部単位、チーム単位、人単位、職種単位と社内向けに活用しています。楽しく働けていない人には肩書きを与えないシステムです。仮に上司が「楽しい」とウソをついても、部下が「楽しくない」と思っていることが多いので、いずれはわかりますから降格されていく仕組みになっています。
サイコロ給以外では、「360度評価」も導入しています。職種ごとに20人集まり、自分が社長になったつもりで各々の給与を決めます。評価から開放するためのサイコロ給と、評価に納得するための同じ職種からの360度評価です。社長をはじめ、誰かが「評価」を決めるとヒエラルキーが生まれますが、誰かが「給与」を決めるとなると全方位的に動けばいいので、結果的に自分との戦いになります。つまり、自分が楽しく働くしかなくなる構造です。
このように会社の文化を作る上で大切なことは3つあります。
1つ目は「評価」。その内訳は「報酬」と「肩書き」といえますが、「誰を」「いかに」評価するかが会社の文化になります。評価をしっかり設計すれば、確実にその文化に会社の遺伝子は染まっていくのです。
2つ目は「仕組み」。カヤックの場合は、会社の文化を大切にするために年に二回の合宿へ行き、後ほどワークショップでも実施する「ブレインストーミング」を徹底的に行っています。
そして、3つ目は「エピソード」。いい会社には必ず伝説があるものです。たとえば航空会社なら、乗り遅れたお客様に別の航空会社の便を勧めたという、企業の枠を超えたホスピタリティを感じさせるようなことです。言い換えると、「自分たちは何を大事にしているのか」というエピソード集で、その代表例は『聖書』です。
カヤックは基本的には「面白いものを作る」姿勢は共通していますが、現在は3つの主要事業があります。クライアントワーク、ソーシャルゲーム、ゲームコミュニティです。
僕らの「面白い」の指標は、「ネットで話題になる」という目的にしぼっています。具体的には、ページビュー、動画の再生数、SNSシェア数などの指標です。あるいは実際に数多くダウンロードしてもらいたいというオーダーであれば、手法も変わってきます。以下はカヤックで過去に作成した面白い動画の一例。
プラズマ乳酸菌「SPECIAL STUDENT」
社畜ミュージアム
カヤックに寄せられる期待は「新しいものを作ること」なので、面白いものを作る上で常に新しい技術は積極的に取り入れます。新しい体験は人が感じる「面白い」に近づけるツールです。
ほかにも、アプリゲームやゲームコミュニティ、最近は子会社を中心にe-sportsにも力を入れています。将来の五輪種目になるともいわれ、海外には熱狂的なファンがいます。ほとんどスポーツと同じで、僕自身も非常に関心を寄せている領域です。
ただし、自社サービスでは失敗事例もたくさんあり、それらはコーポレートサイトでも公開しています。ここで大切なのは失敗することそのものではありません。多少はコケたとしても、オリジナリティがあれば「面白法人」というブランドの蓄積になるからです。
もっとも犯してはならないのは、オリジナリティがなく、二番煎じでコケることです。
スーパーマーケットにも似たところがあって、原価率が高くて儲からなくても、陳列を豊かにするためのものを意識的に取り入れる。カヤックとしても「面白くするためにやる」という判断で予算をかけることはよくあります。
面白くあるための「面白法人」という言葉に込められた意味を紐解き、カヤックでは以下の3つを企業理念として定めました。
一つ目は、「まずは自分たちが面白がろう」。二つ目は、「周囲からも面白い人と思われよう」。そして、三つ目は、「誰かの人生を面白くしよう」です。
そして、態度や方法論を用いて、もっと「面白がれる」状況になるために、経営理念を定めることにしました。いろいろな経営理念を調べて学んだポイントは、「理念が方法論になっている」ことと、「短いフレーズ」である会社が多かったこと。現在、カヤックは、「つくる人を増やす」ことを経営理念として掲げています。
先ほどお話した360度評価は、多くの主観が集まると公平性が出てくるインターネット的な発想から生まれました。一方で、深い考えのもとで下された主観的な判断でなければ意味がないので、あわせて「考えるためのワークショップ」も開いています。視座を上げて、「自分が社長だとしたら」という問いだけを与えて決めていきます。
最低限のルールは設けた上で、問いはたった一つにする。これが大切なことです。ルールを作ってしまうと、新しく「つくる人」にはなれません。だからこそ、作る体験をさせるのです。結果的に、ルールを作る必要もなくなります。
たとえば、カヤックの面接での基準は、その人と「一緒に働きたいかどうか」です。面接の仕方はそれぞれに任せます。Google社でも、「空港で飛行機が遅延したときに、その人と一緒にいたいか」という基準で20人が面接していたそうです。その後にデータサイエンティストによって、4人が面接を実施しても同じ結果になるという統計が出たので、以来、カヤックでも4人面接にしています。
さて、20年間続いてきたカヤックの文化で、ブレインストーミングこそが「つくる人を増やす」につながると気づきました。6人から7人くらいで行うもので、とにかくアイデアを出し合います。ビジネスシーンでは、ブレインストーミングは効率性や生産性が低いとみなされ、廃れているとも言われていますが、カヤックでは「面白く働く」ために積極的に使ってきました。
面白がる人になるためのブレインストーミング、そのルールは2つだけです。
ルール1:仲間のアイデアに乗っかる。
ルール2:とにかくたくさんの数を出す。
付け加えるなら、相手の言うことをちゃんと聞くことも大切です。お互いの意見やアイデアをしっかり聞くことで場がフラットになります。そうして誰かが恥ずかしそうに出したアイデアも丁寧に拾いながら、とにかく質を問わずに数を出しましょう。持論や質問、あるいはアイデアの否定は一切必要ありません。
ブレインストーミングのアイデア出しを忠実に行うほど、脳が改善されて「作る人マインド」になれます。あるいは、ポジティブになったり、面白がれる人になったりします。カヤックではこれを続けるうちに、社員がアイデア志向になり、高い視座で思考するので、誰もがリーダー体質になっていくという発見もありました。
世間では「ティール組織」が話題です。ティール組織のためには自主的に動かなければいけませんから、ブレインストーミングは非常に役に立ちますし、ヒエラルキーを消すのにも相性がいいのです。
それでは実際に、今テーブルにいる方々で、ブレインストーミングをしてみましょう。
(※今回はカヤックが開発した「ブレストカード」を使用して、カードに描かれたイラストからアイデアを連想し、さらに他人のアイデアに乗っかってふくらませるという30分間のワークショップを実施しました)
実際にブレインストーミングをしてみると、「アイデアを出すことが得意じゃない」と思っている人ほど、意外に面白いことを言えると感じたのではないでしょうか。こんなふうに、反射的にポンポンとアイデアを出していくのがポイントです。
アイデアとは「組み合わせ」なのです。アイデアを科学的に研究している人は、その性質は47に分類できると言っています。たとえば、「既存のアイデアを大きくしたり小さくしたりする」「ひっくり返してみる」などです。
ブレインストーミング体験のない人が集まっても、なかなか場は活性化しません。参加者の半分くらいに体験者を混ぜてアイデアを積極的に出したり、ファシリテーターを置いて問いを深めたりすると、もっと効果的になります。社内に根づかせるには、そういう存在を何人か置くとよいでしょう。ぜひ会社に持ち帰って実践してみてください。きっと新しい発見があるはずです。