『Jリーグ村井満チェアマンの経営哲学』パイオニアセミナー開催レポート

イベント 2022/4/5

なりわい文化論:PDMCA (Plan /Do/Miss/Check/Action)

 

サッカーは、人間が手を使わない競技なのでミスばかり起こります。

 

サッカーの場合、プロが90分やっても0対0で終わることが普通にありますし、クリアミスがそのまま自分のゴールに入る「オウンゴール」という言葉は、サッカー独特の言葉かもしれません。

 

そういう意味ではJリーグの生業であるサッカーは「ミスのスポーツ」と言うことが、私なりの定義でした。

 

どうして金融機関は、粛々と秩序を好む人がcomfortableなのか。トヨタ自動車がグランパスの親会社であったり、日産自動車がマリノスの母体であったり、新日鉄がラグビーをやっていたり、なぜ製造業はチームスポーツに関わる企業が多いのか。

 

これは、生業がある意味起因していると僕は考えていました。緑の銀行も赤い銀行も青い銀行も、経済の血液と言われる。金融は社会秩序を形成していますので、秩序をしっかり愛する人でなければ、その使命を全うすることはできませんし、製造業は、さまざまなエンジニアが協力してすり合わせた技術で“もの”が出来上がってきます。

 

どのような生業でも、それが持っている文化の本質と経営の打ち手を揃えて行ったときに、芯を食った打ち手になってきます。

 

Jリーグの場合、ミスを犯しても立ち上がって試合を続けるサッカーを生業にしているのだから、いろんなことをチャレンジして試行錯誤しようとしました。

 

今回のコロナ対策でも、いろいろな方々と協働して行くのですが、PDCA(Plan /Do/Check/Action)の真ん中にMiss (M)を置いたPDMCAを地で行くような、試行錯誤の連続でした。

 

最初はコロナ対策ガイドラインで手拍子を禁止しました。しかし、よく考えたら、手拍子からウイルスが感染することはないと言うことで、後で解禁しました。太鼓もダメだとしていた時期もありましたが、それも太鼓からウイルスが出てくるわけじゃないから解禁、というように、改善を重ねてきました。ミスジャッジも多々あったと思います。

 

例えばAIで分析できるカメラを使って、スタジアムの観客の動向を個人が特定できないよう写真を撮ることもしました。マスク着用率をAIが瞬時に判断し、顎マスクも見極めてしまう精度のものです。

 

前の試合ではマスク着用率がマッチデー全体で96%で、ハーフタイムは少し下がって85%でした、今日はもうちょっといい記録を作りましょう、などと場内の大型ビジョンにアナウンスすると、みんなで一緒にこのデータを改善しようとマスク着用率が上がりました。

 

このようにデータを捕捉し、検証しながら、次の打ち手を考えていくということを試みました。

 

 

一方、「飛沫感染となるので声はダメだ」と私も言っていたのですが、実際にスタジアムでどのくらいの声が出ているのかを音響測定してみると、サッカースタジアムでは常時大声で「ワー」という歓声が出ているように思えますが、実際は太鼓の音と審判のホイッスルの音と手拍子の音がほとんどであり、人間の声は全体の5%から6%ほどしか出ていないことがわかり、それらを政府に報告した結果「大声」という定義が「持続的に応援歌などを歌うことであり、自然の歓声は認められる」と解釈が変わりました。

 

このように試行錯誤とミスをしながら改善を重ねた歴史でもありました。

 

Jリーグは2020年1,000試合以上を行いましたけど、クラスターは出てないことを政府に言うと、「いや、そうじゃないんですよ、村井さん。スタジアムの中は安全かもしれないけれど、みんな電車に乗って帰るとそれが危険なんです。だからやめて欲しいです」なんて言われてしまいます。

 

「分かりました。じゃあ、個人が特定できないデータを使って、GPS分析しましょう。」

 

25,000人が国立競技場に集まった2021年1月のYBCルヴァンカップの決勝で、モバイル空間統計というNTTドコモさんの技術を使った分析を実施しました。個人の名前が特定されないように、スタジアムから移動した人が、数時間特定の場所に9時間ぐらいいたら自宅に帰ったと認識し、自宅への直帰率を調べると65%ぐらいでした。

 

では残りの35%を分析していくと、3~4人で、例えば新宿界隈の飲食店で2時間3時間ずっと滞留していますが、その人たちは皆同じ所に帰り9時間滞在していました。従って、これは家族単位の飲食であることが分かりました。

 

そうやって見ていくと、本当に家族以外での外食比率は、この1月4日のルヴァンカップ決勝では6~8%だったことがわかりました。

 

こういうことも徹底的に検証して行き、政府にJリーグは安全だということを説明してきました。ここに至るまでは本当にいろんなミスジャッジや失敗、反省材料が多々ありました。

 

ミスや失敗があったからこそたどり着けた。そう考えると、JリーグはミスのスポーツだからPDMCAでいくということが本当に大事な経営者としてのメッセージだったかもしれません。

 

 

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