【レポート】シンポジウム「日本発のライフ・シフトを創造する」これからのキャリア形成における「学び」の意味とは?<中編>

イベント 2018/6/5

「人生100年時代」そして劇的に変わっていく世の中において、私たちは、学ぶことや働くことをどのように考えて向き合い、人生を歩んでいけばよいのか。2018年4月25日に行われた早稲田大学社会人教育シンポジウム「日本発のライフ・シフトを創造する」は、みなさんに多くのヒントを与えられたでしょうか。

 

前 編>でご紹介した経済産業省大臣官房参事官(経済産業政策局担当)兼産業人材政策室長 伊藤禎則氏による基調講演では、今後の「働き方改革」において社会人の「学び」が大変重要であり、その役割が大学にも求められていることが語られました。

 

中編と後編では、伊藤氏、ライフシフト・ジャパン株式会社代表取締役 安藤哲也氏、ランスタッド株式会社チーフ・ピープル・オフィサー/取締役最高人材活用責任者 志水静香氏、WASEDA NEOプログラム・プロデューサーの酒井章という、現在の日本で「働き方」についての最新の知見を持つといえる4名のパネルディスカッションの模様をお伝えします。

パネラーそれぞれのお立場から「働くこと」や「学び」に関連するお話をしてくださいましたが、実はそのどれもが根本的にはつながっているものと感じるところもあります。明日からの生き方、学び方に関して、インスピレーションが得られるはずです。

 

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パネルディスカッション登壇者:

 

経済産業省大臣官房参事官(経済産業政策局担当)兼産業人材政策室長 伊藤禎則氏

<プロフィール>

1994年東京大学法学部を卒業し、通産省に入省。コロンビア大学ロースクール修士、米国NY州弁護士資格取得。大臣秘書官などを経て、2015年より現職。経産省の人材政策の責任者として「働き方改革実行計画」の策定に関わる。副業・兼業、フリーランス等「多様な働き方」の環境整備、AIによる雇用の影響把握、「経営リーダー育成指針」策定等も手がけている。

 

ライフシフト・ジャパン株式会社代表取締役 安藤哲也氏

<プロフィール>

出版社、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援のNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。「笑っている父親を増やしたい」と講演や企業向けセミナーを開催。最近は、管理職養成事業の「イクボス」で企業・自治体での研修も多い。2017年にライフシフト・ジャパン株式会社を設立。代表取締役社長に就任。

 

ランスタッド株式会社チーフ・ピープル・オフィサー/取締役最高人材活用責任者 志水静香氏

<プロフィール>

大学卒業後、日系IT企業に入社。外資系IT・自動車メーカーなどを経て1999 年ギャップジャパンに転職。採用、研修、報酬などの人事制度基盤を確立。2013年、法政大学大学院政策創造研究科修士課程修了。現在、ランスタッド株式会社に籍をおきながら、大学やNPO、さまざまな機関で組織開発・人材育成のアドバイザーとして活動。

 

モデレーターはWASEDA NEOのプログラム・プロデューサーである酒井章が務めました。

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企業寿命より個人の職業寿命が長い時代、誰がアプリをアップデートするのか

酒井:

まずは先ほど伊藤さんの基調講演を聞かれて感じられたことを、安藤さんと志水さんからお話しいただけますか。

 

安藤氏:

経産省や伊藤さんが描くこれからの人材育成の青写真が明確にわかりました。非常に刺さったのは、これからのキャリア観は「ポケモンGO」だというところですね(笑)

僕もそんな感覚で、6枚の名刺を持って活動しています。違うコミュニティに入ると、そこには「重要な他者」が必ずいる。そういう「重要な他者」に僕は確かに出会って、シフトチェンジしてきた。伊藤さんはお子さんが7歳ということですが、僕も9歳の子どもがいて、「ポケモンGO」をやっています。なんで子どもがポケモンGOをやるかというと、楽しいからですよね。いろんなところに出かけていく、つまり自分を軸にライフをシフトしていくことは楽しいことなのだと捉える。その論理的な部分を、伊藤さんの講演から吸収することができました。

 

志水氏:

伊藤さんのお話は聞くのは今日がはじめてではないのですが、いろいろな場で聞かせていただいて、私自身に刺さるのは「働くことと学ぶことが一体化している」というところですね。私も「働くこと」と「学ぶこと」の境目がほとんどなくて、自分自身がどちらも楽しんでいるのですが、こういったことが、世の中全体ですでに起きているのだと感じています。

もうひとつは「場」が大事というのも、心に響きました。

学校に行くことが重要ではなくて、そこでのネットワークからいろいろな知見を得る。そしてまた新しい知を生み出していくことが大事なのだなと。

ただ、私は「生産性」という言葉は好きではないです。人事の人間であるのですが(笑)「生産性」は会社からの視点のような気がしていて、このあと安藤さんが話してくださると思いますが、ひとりひとりの能力が高まることで、みなさんがワクワクしていく。そういう働き方ということで捉えたいなと思っています。

 

 

※ここで、モデレーターの酒井が会場のみなさんからも、基調講演についての感想、意見をうかがいました。貴重な声をご紹介します。

 

●隣の席の方と話していたのは、『イノベーションの達人!-発想する会社をつくる10の人材』の「花粉の運び手」について。いろいろな場で新しい刺激を受けて、いろいろなところに散って受粉していく。それが自分にはできるだろうか?と、改めて問い直しました。こういう考え方が広がることで、学び自体が変わっていくように感じました。

 

●このシンポジウムすべてをわが社の人事に聞かせたい。でもうちの人事は興味がないと思います…(笑)自分は現場マネジャーという立場にありますが、刺さったのは「OS」と「アプリ」についての話。OSはどこの企業も安定したものを持っていると思うのですが、アプリ自体はバージョンが違うものが乗っていて、フリーズしたり、ハングアップしたりということが増えているのかな、と。「人生100年時代」をふまえると、過渡期に来ていて、企業の中身が変わっていくべき状況が起こっているのを感じました。

 

 

酒井:

伊藤さん、今のおふたりのコメントを聞かれていかがですか。

 

伊藤氏:

必ずしも直接の答えではないのですが、「OSはあるけどアプリがない」というのは多くの場合まさにそうだと思います。アプリを更新するのは誰の責任なのか。今日のお話で、僕自身もそう発信していますが、これからは「個人」の役割が大事になっていく時代。でも、そうすると「人材が流動化してしまうなら、人材投資なんてできない!」という人事の方からの反応が必ずあります。これをどう考えるか?

これから「人生100年時代」になっていき、日本経済新聞での統計によると、日本企業の平均寿命は30数年だそうです。一方で、今は75歳から80歳くらいまで働く方もいる。個人の職業寿命のほうが企業寿命よりも長いです。そういう時代で、アプリのアップデートをどういう形でやるのか。個人でどう行い、企業の人事はそれにどうコミットするのか。それが今日のお題の、ある意味での隠れた課題なのかもしれません。

主体的に「ライフシフト」し、人生を楽しむ大人を増やしたい

酒井:

次は「ライフシフト・ジャパン株式会社」を立ち上げた安藤さんのお話をうかがいます。「イクボス」という言葉の発明者でもあるNPO法人ファザーリング・ジャパンの代表でもいらっしゃる。その安藤さんがなぜ「ライフシフト・ジャパン」を立ち上げたのか。その想いをお話いただければと思います。

 

安藤氏:

僕は今55歳で、これまで9回転職しています。仕事のシフトもエキサイティングでおもしろいですけれど、これを話すと3時間くらいかかるのでやめておきます(笑)

僕の人生の中で一番重要だったライフシフトはやはり子育て。97年、35歳のときに娘が生まれて、フルタイム勤務の妻と核家族で子育てをしてきました。当然古い世代なので、昭和のOSです。自分の父親も国家公務員。家父長型、男尊女卑で、いつも母親が満たされない想いを僕にぶつけてくる(笑)。だから、僕のロールモデルの父親はジョン・レノンでした。自分の親父みたいにはならずに、ジョンみたいになろうと。

 

ただ、当時、ベビーカーに娘を乗せてデパートに出かけると、男子トイレにおむつ交換台がないとか、子どもの病気で男性が会社を休むことに上司が快く思わないとか、そういったことがありました。でも、せっかくチャンスが来た子育てを思う存分楽しんでやろう!子育てをすることで、もしかしたら自分が企業人としてではなく、社会人として成長するかも?と思いました。

 

やってみると思っていた通り、子どもの目線で社会を見るようになります。それがその後のNPO法人の活動につながってきました。日本中のお父さんたちに「企業戦士として滅私奉公して、家と会社の往復だけしていて、本当に楽しいの?笑っている父親になろうよ。それを見て子どもたちは未来に希望を持てるのでは?仕事も育児も楽しむ人生、結構いいぜ!」そんな想いでファザーリング・ジャパンを立ち上げたのが2006年でした。

 

そのころ僕は楽天で事業部長をやっていて、仕事は楽しくやりがいがあった。おのずと仕事に時間のウェイトが傾き、ライフとのバランスが崩れていく。そうなったとき、一番大事なものはなんだろうか?自分は何のために働いているのか?ということを深く考えるようになった。そこで子育てと同時に、場=コミュニティに出て行きました。楽天の部長時代にPTA会長を2年やりました。住んでいるのは自分の生まれた街ではない。子どもは「地域へのパスポート」だと考えて地域に出ていきました。当時、地域で活動するパパ世代の男性は珍しかったですが、楽しい仕掛けをすることでパパたちが参画してくれてネットワークが広がった。今、僕には地域にパパ友40人、ママ友70人、ジジ友20人、ババ友30人がいます(笑)。これが子育てだけでなく、震災時にもセーフティネットとして生きることになると思う。まさに「関係資産」ですね。

 

今日来ていただいている方も、生まれたところに住んでいない方が多いと思います。でも、育児や地域のことをママだけにやらせるのではなく、男性もやったほうがいい。そんな経験と気づきを持って、ファザーリング・ジャパンではパパたちを支援してきました。

ところが「育児と仕事との両立がままならないのは職場が変わらないから」というパパたちの声を聴いて、古い価値観のOSの上司、管理職を変えなければならないと思い、4年前から「イクボス」という事業をやっています。去年も年間250社くらいで研修をやりました。

 

でも、「働き方改革」や「イクボス」の研修やっているときに気がつきました。目的は「働き方改革」ではない。その先にある一人ひとりの「生き方改革」こそが本来の目的だよ、と。長時間労働を規制する法律ができれば、職場の働き方は変化する。その浮いた時間、増えた休みを私たちはいったい何に使うべきなのか?今は、それが問われているのだろうと思いました。

 

そんなときにリンダ・グラットンさんの著書『LIFE SHIFT』に出会って、「やっぱりそうなのか!」と思いました。ぼんやり考えていたことの輪郭がはっきりして、仲間と議論して会社を作ってしまいました。

 

『LIFE SHIFT』の概念を日本版に翻訳して広めたいと思ったのです。イギリスとは社会状況や文化、価値観が違いますよね。日本にはライフシフトしづらい制度や慣習、意識がたくさんある。でも日本も社会構造の変化とともに今後は変わらざる得ない状況になってくると思う。そのことに対して私たちはうまく対応し波に乗れるのか?今までのやり方や考え方で100年人生を生きて行けるのか?一人ひとりにライフデザインの意識が必要になって来るんじゃないか?これは大きなテーマだと考えました。

 

まだ僕らライフシフト・ジャパンも研究段階なんです。特に「ライフシフト」の定義は難しい。とりあえず「日本の基軸に合わせて人生を選択すること」としています。僕もそうでしたが、やはり「自分の人生は自分で決めたほうが楽しい」と。このコンセプトは間違っていないと思うので、社会に定着していけたら良いなと考えます。

 

事業ビジョンは4つあって、

・ライフシフトという概念(生き方)の社会的な定着

・「人生100年時代」のマルチステージを自律的に生きていく人々の創出

・マルチステージやダイバーシティに対応した社会制度、雇用制度、人財教育の創造

・主体的に笑って生きる大人を増やす。その姿が子どもたちの希望に繋がる

特に4番目ですね。これはファザーリング的ですが、「自分の人生を自律的、主体的に生きている大人たちを増やす」ことがとても大事だと思って。それを見て子どもたちが、自分たちの未来に希望を持てる。そういう社会にしていきたいなと思っています。

 

また何かしら行動指針も必要ではないかと思って、われわれはライフシフト10ヵ条(外部リンク)を作って、ホームページで公開しています。こういうものを自分が強みとしていくつ持っているか。そして今は持っていないものをこれから獲得していくところで、思わぬライフシフトがあるのではないかと。

「イクメン」も「イクボス」もそうだったのですが、こういう活動には「正しい情報の伝達」と共に「ロールモデルの可視化」が重要です。ですので、ライフシフトして人生を楽しんでいる人を探して、ライフシフト・ジャパンのサイトで「ライフシフター・インタビュー」として、週に1人ずつ紹介しています。

 

ライフシフトと言うと、「転職」「起業」「独立」とかのイメージがまだ強いと思いますが、「移住」であったり、「町おこし」であったり、そう、男性が育休を取ることも僕は大きなライフシフトだと思っています。

 

自分の今までの価値観を壊して、新しいところに行ってやってみるという人であれば、今後もライフシフターのカテゴリはさらに増えていくと思います。このネットワークがどんどん広がっていくことで、将来的に、自分が何かシフトしたいときに「あの人に話を聞きたい!」というCtoCのサービスなんかも作っていけたらと思っています。

 

「ライフシフト」というのは「生き方改革」であって、どの世代でも、どの方でもシフトのチャンスがあると思います。それも、今いきなりシフトするわけじゃなくて、必ず数年前から無意識の準備を始めていることが多いと感じます。ここにいるみなさんも、もしかしたらすでに準備が始まっていて、いつかのタイミング、環境がバチっと整ったときにシフトが起きるのだと思います。

 

肝心なのは、ライフシフトは楽しい、ということです。ライフシフトした後の人生がハッピーであることが、とても大事だと思います。

もちろん失うものもある。僕も楽天を辞めてNPO作ったときは年収が1/3になりました。けれども、そこはライスワークよりもライフワーク。ごはんを食べるためだけの仕事だけで生きるよりも、これからは次世代に何かいいものを残していけるような、ライフワークで食っていければいいなと思いました。このような考え方が僕にとっては「勇気」になりました。

 

一回しかない人生をどう楽しむか。今を楽しみ、仲間とワクワクできるようなミッションを目指して、心豊かに生きていくことがライフシフトの原点なのかなと、僕は思います。

 

「働き方」「生き方」を行ったり来たりできる制度に変わらなければ

酒井:

志水さん、伊藤さん。今の安藤さんのお話を聞いていかがですか?

 

志水氏:

非常に共感します。実は私も7回目の転職なのですが、「働く」ことが変わってきていますよね。ひとつの会社に縛られなくなっている。

伊藤さんのお話にも戻りますが、「OS」いうのは、「自分が何者なのか?」「何を大事にしているのか?」がとても大切なのではと私は思っています。会社で研修をやるときには「こういう点が大事ですよ」と伝えています。「自分は何をしたいのか」「自分は何をしていると楽しいのか」についてマトリクスを描いてもらって、ワクワクすること、楽しめることを探してもらいます。会社や家族や周りの人にとって意味があるのかを縦軸にしたときに、右上の領域に入るものは迷わずやりましょう!と言っていますが、安藤さんのお話を聞いて、まさしくそれだと思いました。やりたいことを実現していくことで、自らの人生を生きていく人が増えたらいいし、私自身もそうなりたいなと思いました。

 

伊藤氏:

私も本当に共感しました。すこし固いことを言うと、「働き方改革」で私が取り組んでいて課題だと思うのは、いろんな働き方、生き方をするときに、「働き方」「生き方」を変えることについて、日本の制度がものすごく「非寛容」なのです。

 

例えば今、フリーランスという働き方を正面から、働き方の選択肢のひとつとして位置づけようとしているのですが、「雇用されている社員をフリーランスという不安定な地位に追いやるのはけしからん!」という論調があります。そうではなくて、フリーランスがフリーランスとして活躍できるようにする。そして自ら望む場合は、正社員という雇用の形で戻ることもできる。副業も同じで、副業したいときはするし、本業に専念したいときはそうする。行ったり来たりができるようにするのがとても大事だと思っています。そのために、どの制度がボトルネックになっているのかを見ていかないといけません。

 

安藤さんのお話で強く共感したのは「楽しくなきゃダメ」ということです。それに関係して最近こんなことがありました。「人生100年時代の社会人基礎力」を経産省で提唱していることのつながりで、高校生や大学生もたくさん来てくれたイベントをやりました。そこで私がとても驚いたのは、来てくれた高校生、大学生が、本当に働くことを「怖がっている」のです。変な言い方かもしれませんが、「就職活動でいったんブラック企業に入ったら、自分は人生を棒に振ってしまう!」という意識がものすごく強い。みなさんもどうでしょう。新入社員で入られた方も、普段接する限りはそういうことを言わないかもしれませんが、おそらく多くの若者がある種の共通意識としてそう感じている。もう少し長く生きている我々が、「働くこと」を通じての喜び、「働くこと」を通じての成長をもっと見せてあげないと、若者の働くことへのアレルギーが変わらないのではと感じます。

 

酒井:

伊藤さん、ありがとうございます。リンダ・グラットンさんの『LIFE SHIFT』は本国イギリスよりも日本で一番売れているそうです。そこには少子高齢化という背景があるのですが、かたやまだまだ「海外での話でしょ?」という意見もあるようで。「WASEDA NEO」では「ライフシフト」へのハードルを低めるために、6/29(金)に「ライフシフターに、直接会いに行こう」という講座を用意しています。

 

安藤氏:

わが社のライフシフター2名が登壇します。この機会にぜひ「重要な他者」に出会っていただければと思います。

 

 

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後編はこちら

 

 

◆参考URL

WASEDA NEO新設コース「人生100年時代を生き抜く『人間再開発(ver.0)』」