『Jリーグ村井満チェアマンの経営哲学』パイオニアセミナー開催レポート

イベント 2022/4/5

アウフヘーベン:対立意見は宝物

 

アウフヘーベンは、自分がこのコロナ禍で向き合った重要な言葉でした。要は賛成反対が渦巻いてしまう、対立するっていうことです。

 

「こんなコロナ対策じゃとにかくダメ」「やっぱり感染対策」という意見と、「ずっとサッカーを止めていたら、クラブは全部潰れてしまう」「経済対策をしなくていいのか」という真っ向から対立する概念をどうやって昇華して行くかが、アウフヘーベンと言う考え方だと理解しています。

 

もう少し分かりやすくご説明すると、ヘーゲルというドイツの哲学者が提唱した、必ず全てのものには、両面(テーゼ/アンチテーゼ)がある。だからすべての事柄において、当然、賛成と反対、作用と反作用のような対立構造がある、ということです。

 

平場であっちだ、こっちだって(二項対立的に)言い合っていると全然世の中は良くならないので、このテーゼとアンチテーゼをぐるりと包含して止揚するということです。アウフヘーベンは日本語では止揚と言っています。

 

例えば、Jリーグでは感染対策と経済の両方ともが大事なので、感染対策をパーフェクトに行いながらしっかり試合運営ができるような状態を目指すために100ページに及ぶガイドラインをインターネットで公開しています。

 

それから(当時のPCR検査は行政検査が主体でしたが)クラブの選手・審判らが安心して試合に臨めるよう、2週間に1度、約3,000検体の民間で賄える検査体制をJリーグとして整えました。逆に言うと、この体制が整えられないうちはリーグ戦を再開しないということも決めていました。

 

感染対策が大事だからといって、試合を全部止めることはしない。経済対策が大事だからといって、とにかくサッカーを貫いてリスクを晒すこともしない。

 

感染対策と経済対策を両立させなければいけないので、対策を行うためのガイドラインをつくるというようなことがJリーグの2020年の考え方のポリシーでした。

 

実は、対立構造に見えるものには、対立物の相互浸透による発展の法則があるとヘーゲルは言っています。例えば、お互い議論を尽くして行くと、ある程度、クラブの経済力が維持できなければPCR検査だってできない、といったような話になってきます。

 

 

そういう意味では、まず対立して喧嘩するのではなく、止揚するということがすごく大事な視点でした。

 

対立が螺旋階段を回りながら登るように発展していくのを、「螺旋的発展の法則」と言ったりします。ビジネスで少し比較してみたいと思います。

 

小規模なコミュニティでのビジネスと、全国規模の広範囲のコミュニティのビジネスの二極です。例えば、もともと江戸の漁師町では、漁船が魚を採ってきたら、競りにかけて個人商店が個人間で売買をしていました。

 

これが(時代が進むと)地域に少し広い、大きなスーパーが出来て、みんなが買いにくるようになります。ただ(暫くすると)スーパーが便利だと思っていたのですが、私も今日の講演の10分前にコンビニに行って夕飯を買いましたが、このように、自分の家のすぐ近くにあった方が便利だというニーズが出てくる。コンビニエンスストアの誕生ですね。

 

さらに、コンビニでは買えないようなものが買える、もっと大きな映画館が併設しているショッピングモールが便利だということで、スーパーがモールに変わっていく。けれども、さらにショッピングモールでも買えないものがネットオークションだったら買えるという話になって、さらに進むと、ネットでポンと何でも買えてしまうAmazonのようになり、それがさらに現在のジモティーとかメルカリとか、というような話になってきます。いわゆる廃品回収とか物々交換とか、地域の掲示板のようなサービスまで出てきました。

 

 

螺旋階段は対立構造が回りながら1歩ずつ上がっていくんですね。横から見ると本当に段々と上がっているように見えるのですが、上から見ると元に戻っているようにも見えるんです。

 

例えば、ネットオークションは、まさにネットを使った競りです。そういう意味では、長屋で塩とかしょうゆをちょっと貸してなどと言っていた長屋文化が、実はジモティーとかメルカリで再現されています。

 

発展は、昔大事だったものが新しいテクノロジーで進歩して行きますので、昔のことを丹念に読み解いていくと、将来の有望なサービスや商品開発のヒントが出てきます。

 

最新のことばかり追っかけていくのではなくて、昔の江戸の長屋文化みたいなことを尋ねていくことがとても大事なのかもしれません。少し話が余談になりました。

 

リーグを再開する時も、再開のタイミングをめぐり、早い遅いの議論がありました。本当にどれだけ議論したか分からないんですが、議論において反対意見が出てくるとわくわくしてきます。反対意見の中に成長のヒントがあるからです。

 

普通、反対意見が出ると避けて通りたくなるのですが、天日に干して、様々な意見をいただき賛成反対が渦巻いていることを整理していく。また対立軸で整理しながら、それを持ち上げていくフレームワークで議論したことがJリーグを救ったようにも思っています。

 

 

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