『Jリーグ村井満チェアマンの経営哲学』パイオニアセミナー開催レポート

イベント 2022/4/5

決め方を決める:理念を軸に決める

 

ここまで理屈っぽく言ってきたのですが、それでも大変でした。議論は空転する、記者会見を開いても新しい内容が無いことも多々ありました。

 

でも、この時に決め方を決めておいてよかったなと思うことがいっぱいあります。

 

去年、Jリーグを再開する前に「決め方を決めるよ」ということを社内で言っていたことがあります。

 

Jリーグの理念で1番重要なものの1つは、「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」という内容です。

 

余談ですが、チェアマンになるときに「チェアマンになってもいいのですが、Jリーグ理念以外のことは何もやりませんけど、よろしいですか。また何か決めるときに、私の中にプロリーグの運営経験やプロ選手としての経験はありませんので、この理念に寄与することだったらGOサインを出しますし、理念と逆方向に行ったり、ブレーキがかかるようなことだったら反対します。要はこれしかやりません」ということでご了承いただきチェアマンになりました。よって、今回のコロナ対策もこれでいくという話をしました。

 

まず理念に「国民の心身の健全な発達への寄与」とありますので、国民の健康が害される間は絶対にリーグ戦を再開しない、「国民の健康を第一に考える」ということを第1プライオリティに置きました。

 

ちなみにJリーグは何で57クラブ(取材当時)もあるのでしょうか。少数のクラブだけで儲ければいいのであれば、そのほうがずっと楽です。けれども、Jリーグは理念に「国民の」と謳っているからこそ日本全国に60もつくるのです。シンプルに言うと、そういうことです。

 

だからこそ、今回のコロナ対策の第1プライオリティもここに置きました。

 

では、国民が少しでも心配だったら、ずっとサッカーを止めるかという話もありますが、Jリーグの理念には一方で「豊かなスポーツ文化の振興」とも謳っていますので、どんなことがあってもスポーツ文化を守り抜くことを第2プライオリティにしました。

 

J1は18クラブあり、対戦相手が17クラブいます。1つのクラブは1つの対戦相手とホーム&アウェイで2試合、年間34試合行います。Aチームは34試合全部終了できるかもしれませんが、Bチームはクラスターが発生した場合などには(活動を停止せざるを得ず、結果的に)30試合ぐらいしかできないかもしれません。それでは順位がついても不公平かもしれません。しかしながら、スポーツ文化を守るため、例え最後に試合数が揃わないリスクがあっても、リーグ戦を実施することを決めました。

 

従って、昨年(2020年)のJリーグは、クラブにとってペナルティとなる降格制度(賀来カテゴリーで下位クラブが自動的に下のリーグに降格する制度)を特例的になくしました。降格をなくしてでもサッカーはやろうという理由は、セカンドプライオリティにあったわけです。

 

 

さらにもう一つ、理念に「文化」という言葉があります。

 

僕の文化の定義は、「いいね」ボタンが長い年月、多くの人に押され続けたもの。「いいね」って思う「主観」が長い年月集合したものが文化となると定義しています。

 

文化という主観の領域は、人によって見方が全然違う。夏目漱石の作品が面白いと思う人もいれば、全然面白くないという人もいる。実はサッカーというのは、この文化の領域で、サッカーを応援しなさいと書いてあるわけでもありませんし、好きな人だけが見に来ます。

 

こういうものが長い年月集まって文化ができるわけですから、その「文化」の担い手はファンやサポーター個人の主観です。従って無観客で試合を行っても、文化は生まれないというのが我々の定義でした。

 

どんなことがあっても、できる限りファン、サポーターを入れました。10人でも100人でもいい。我々にとってファン、サポーターはとても大事なので、無観客試合は極力やらずに(再開後の最初の2週間のみ無観客)、ファン・サポーターと共に試合を行いました。

 

また、優先順位を決めました。議論が堂々巡りとなると、第1プライオリティであった「国民の健康を守れているか」を確認し、次に第2プライオリティである「スポーツ文化を守る」へいこう、といったように順番で議論をしてきました。

 

平場で対立概念が行ったり来たりしないように、先に優先順位を決めておいたこと、Jリーグの理念の背骨から判断基準を紐解いていくこと。このあたりが重要な要素でした。

 

この2年間、2020シーズンは一年間で1,074試合をやりました。今21シーズンはまだ全部終わってないのですが(取材当時)、1,038試合開催しています。そのうち無観客試合は2年間合計で全体の4%ぐらいしかありません。96%はお客様を入れて行っています。

 

 

Jリーグは、直近2シーズンに開催した約2,000試合で1試合もスタジアムでの集団感染(クラスター)を発生させていません。それぐらい徹底した感染対策を実施してきたつもりです。徹底した対策を講じれば、きちんと試合が興行として実施でき、ビジネスも両立させられる。当初実現したかった感染対策と経済を回すことの両方が何とか実現できている状況です。

 

これは偶然にできることではなく、両方を狙い、優先順位を決めてガイドラインを策定して行うステップがなければ、ここまでは来なかっただろうと思っています。

 

実際、予定した日に試合ができなかった試合は21試合。そのうち選手の中で感染者が出て試合ができなかったのが17試合、台風でできなかったのが4試合あり、コロナの事由で延期でなく完全に試合をしなかったのは2,000試合中たった1試合です。

 

決め方を決める。Jリーグの理念の背骨から全てを紐解いて議論してきました。

 

 

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