ここからは選手や社会から学んだこと、もしくはフットボールに関する話を少ししていきたいと思っております。
Jリーグでは、新人選手に対する研修を2月の頭に行います。その際の1番最初のプログラムがチェアマン講話です。
これからJリーグに加入する選手は各年代代表であったり、高校選手権で活躍していたり、いわばスーパーヒーローです。また引率するクラブの指導担当にも、プロフェッショナルがいます。
一方、1人ポツンと壇上に立つ村井さんは(プロ選手でもなく、サッカークラブの経営経験もなく)全くの素人。そのような立場で、どんな話をしようか本当に困りました。
私は2015年の新人研修から参加したのですが、その10年前、2005年にJリーグに加入した選手を全件追跡調査しました。
新人は全員で120人ぐらいの中で、10年経っても活躍している選手と、早々に引退してしまった選手の差を徹底的に調べました。
10年前、2005年当時の加入の選手には、本田圭佑選手、岡崎慎司選手、浦和レッズの西川周作選手らがいました。
私は当然こういう選手が今でも活躍しているのは、並外れた技術力、例えばボールをピタッと止める、シュートを枠に撃つなどの超人的な技術を持っているからだと思っていましたが、全く外れていました。
むしろ本田選手よりは、(現川崎フロンターレの)家長昭博選手の方が上手くて、2人がガンバ大阪ジュニアユースの時、家長選手はガンバ大阪のユースチームに昇格するのですが、本田選手はユースに入れなくて、星稜高校に行きました。
岡崎選手も清水エスパルスに入ったときは、フォワード8人中8番目。一流選手っていうのは言わなくてもできる、二流選手は言えばできる、岡崎選手は何回言ってもできない、というようなことが当時のクラブの強化担当に聞いたアンケートに書かれていました。
技術ではない。じゃあもうこれは並外れた持久力とか瞬発力とかフィジカル能力だろう、と思ったのですが、これもほとんど相関係数がありませんでした。
岡崎選手はネットで調べていただければ分かるのですが、「鈍足バンザイ」って本を書いています。それぐらい致命的に足が遅い選手でした。
それでは、心技体の「心」、図抜けた闘争心が人並以上にあるのだろうと思ったのですが、Jリーグに加入する選手は、大舞台をみんな経験していますし、闘争心も並外れて強いです。相当水準が高い人が近似して集まっており、差は認められないというのが結果で、私は新人研修で何を話せばいいのだろう、と困ってしまいました。
呆然としていた時に、自分自身が人材系の会社にいたことから、SPI検査と言う適性検査や社会人基礎力およびコンピテンシー、いわゆる社会人誰もが必要とする能力項目を50項目ぐらいあげて再調査しました。
例えば、探究心、協調性、計画性などの「〇〇力」とか「〇〇性」のようなものを50項目並べたら、なんと2項目だけ、(長年活躍している選手が)図抜けて相関が高いものが出てきました。
これが「傾聴力」と「主張力」といわれているものでした。
しかし、何故サッカーで長期間活躍している選手にこういう能力が必要なのかということが分かりませんでした。
この後インタビューを繰り返し、再調査する中で、段々見えてきました。その心は、サッカーが理不尽なスポーツであることに起因していることが分かりました。
先ほど申し上げたようにサッカーはミスのスポーツですから、オウンゴールをしたり、シュートを外したり、PKを外したりする事が起こります。
あるいは体と体がぶつかり、360度いろんな方向から人間が飛んできますので、サッカーはフェアプレイをやっていても怪我をしてしまうことがあり、心が折れます。
先日引退した大久保嘉人選手は3年連続Jリーグ得点王ですが、それでも日本代表に選ばれないことがありました。そういう意味では、監督がデザインするサッカーとコンセプト、特徴が異なれば、どんなに結果を出しても出場することもできないこともあります。
それぐらい理不尽で、誰もが心が折れる競技で長くやっている選手は、折れた心を再生する能力が非常に高いことが見えてきました。
監督に外される、怪我をする。傾聴というのは(耳も心も)傾けて聴くという言葉ですが、そうした場面で、素直に、体が前傾して何度も何故と聞いていきます。
それから、こうやってみたんだけど、と主張するとまた3倍4倍入ってきます。
先ほどご紹介した岡崎選手の「鈍足バンザイ」という本に、「自分の足が遅いので、足の地面の方を陸上のトレーナーに傾聴して蹴り方を学んでトレーニングした」と書いてあります。彼がシュートすると自分の体ごとゴールに入ってしまうことが結構ありますよね。
ボールと一緒に蹴った勢いで自分もゴールに入ってしまうような、そういうリバウンドメンタリティーを高速で回しているということがわかってきました。
長い間、日本代表のキャプテンだった長谷部誠選手の「心を整える」という本の冒頭の所にこんな一説があります。
自分は凄く緊張しやすいので、浦和レッズに入った当初、両親を呼んだのだが、その時物凄く緊張して、胃薬を飲んで試合に出たことがあったとのことでした。
それぐらい自分の心の弦は太くならないということが分かったので、弦を太くすることはやめて、ピアノの調律、ギターの調律のように、最高の張りをするため、自分のルーティンを50個ぐらい考えている。本には、そのようなことが書かれています。
長谷部選手も問題点があり、それに対し何度も傾聴し、また主張し、改善のヒントを得る。このサイクルを行っている選手であることがわかりました。
今までJリーグでは、シュート練習やフィジカルトレーニングをやってきましたけど、こういう傾聴トレーニングに該当する「よのなか科」と言われているキャリア教育も、中学生世代のJクラブのアカデミーに所属する子供たちに導入しています。
「傾聴力」と「主張力」、これが成長し続ける原動力だということがわかってきました。私はサッカーの素人であり、人材系の人間だったで、こういうアプローチをしましたが、もしかしたらこれがオリジナルのアプローチだったかもしれません。